幕末から明治の動乱期、旧幕府軍と新政府軍が激突した「鳥羽・伏見の戦い」において戦場となった場所のひとつ。
歴史・概略
- 慶応4年1月3日(1868年1月27日)、鳥羽で薩摩藩と旧幕府勢力との間に戦闘が開始され、これを契機に伏見でも戦闘が始まった。この戦闘で砲撃を受け壊滅的な被害を受けた旧幕府勢力は淀に退却、この付近に砲を構えて新政府軍を迎え撃った。
- 1月5日、一進一退の攻防ののち旧幕府軍が退却、後方にある淀城を目指した(淀千両松の戦い)。
- ところが、旧幕府勢力が老中でもあった稲葉氏の淀城に入ろうとするも、入城を拒否されてしまった。さらには、味方であったはずの藤堂藩(津藩)からも砲撃を加えられるなどし、旧幕府軍は壊滅状態となった。
- 状況の報告を受けた元将軍の徳川慶喜は、大阪より開陽丸で江戸へと逃亡、「鳥羽・伏見の戦い」は旧幕府軍の大敗北で終結した。
見どころ・おすすめ
- 周辺には「鳥羽・伏見の戦い」関連する史跡が点在している。
史跡情報
地図 |
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【場所】 京都府京都市伏見区納所 【付近の史跡】
[ 北・約0.1km ] 淀古城址・戊辰戦争砲弾貫通跡
[ 南西・約0.5km ] 淀城跡
[ 西・約1.8km ] 中山修一記念館
[ 北西・約1.9km ] 勝龍寺城土塁 空堀跡
[ 西・約2km ] 勝龍寺城跡
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主な施設 |
石碑のみ |
利用時間 |
常時 |
定休日 |
無休 |
料金 |
無料 |
交通 |
【電車】 ・京阪電車「淀」駅から約0.5Km 【バス】 ・京阪バス/市バス「納所町」バス停 【マイカー】 ・京滋バイパス「久御山淀IC」から約2Km |