墓・慰霊碑 | ページ 4 | 場所と地図 – 歴史のあと

墓・慰霊碑

古戦場

戸ノ口原古戦場跡(白虎隊奮戦の地)

戊辰戦争の中の一局面である会津戦争において行われた戦闘地のひとつ。 歴史・概略 大政奉還による主導権争いが活発化する中、旧幕府軍と新政府軍の衝突によって戊...
墓・慰霊碑

飯盛山(白虎隊自決の地)

会津若松の東側にある山。戊辰戦争の際の白虎隊自刃の地として知られる。 歴史・概略 戊辰戦争の勃発により、旧幕府軍の中核をなした会津藩は新政府軍から敵とみな...
古墳

石舞台古墳(蘇我馬子墓)

7世紀初め頃の古墳。被葬者は当時の権力者であった蘇我馬子とする説が有力。 歴史・概略 蘇我馬子(そが・うまこ)は、飛鳥時代の貴族で、敏達天皇・用明天皇・崇...
墓・慰霊碑

巴塚・葵塚

源平合戦のひとつ「倶利伽羅峠の戦い」において、木曽義仲率いる源氏軍の一人としてともに戦った女武将・葵御前と巴御前の墓。 歴史・概略 葵御前(あおいごぜん)...
城跡

山中城跡

静岡県三島市にあった戦国時代末期の山城。 歴史・概略 戦国時代後期、小田原に本拠をおく北条氏康によって小田原城の西の防御を固めるための拠点として築城された山城...
墓・慰霊碑

十七烈士の墓(禁門の変)

「禁門の変」に敗れ敗走し、山崎天王山に立て籠もった尊王攘夷派ら17名の墓。 歴史・概略 元治元年7月19日(1864年8月20日)、「八月十八日の政変」に...
古戦場

桶狭間古戦場公園

永禄3年(1560年)、尾張の織田信長が大軍率いる今川義元を討ち取った、いわゆる「桶狭間の戦い」が起こった地。 歴史・概略 駿河、遠江、三河を領する今川軍...
古墳

恵解山古墳(明智光秀本陣跡)

京都府長岡京市にある100メートル超の前方後円墳。 歴史・概略 墳形:前方後円墳 長さ:128m(墳丘:78.6m) 高さ:10.4m(推定) 築造...
古戦場

明智光秀本陣跡(境野1号墳)

京都府乙訓郡大山崎町にある前方後円墳。 歴史・概略 墳形:前方後円墳 長さ:58m(後円部:32m) 築造年代:4世紀後半 戦国時代末期、「本...
古墳

今城塚古墳(継体天皇陵)

墳丘の長さ190メートル、二重の濠をもった巨大な前方後円墳で、6世紀前半に没した継体天皇(第26代)の真陵とされる。 歴史・概略 ここから約1.5キロ東に...