京跡・宮跡 | 場所と地図 – 歴史のあと

京跡・宮跡

京跡・宮跡

二条院候補地(陽成院跡)

平安時代の陽成上皇が御所とした邸宅跡。また、源氏物語の主人公である光源氏の邸宅のひとつである二条院の候補地ともなっている。 歴史・概略 陽成天皇(ようぜい...
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前期難波宮朝堂院南門跡

いまの大阪城南側一帯に存在した飛鳥時代の古代宮殿跡。 歴史・概略 現在の大阪城の南側、法円坂より奈良時代の遺物が出土し、その後の発掘調査で飛鳥時代と奈良時...
京跡・宮跡

難波宮跡東辺

現在の大阪市中心部にあった飛鳥時代の都・難波宮の跡地。蘇我氏滅亡後の政治改革「大化の改新」が行われた宮として知られる。 歴史・概略 難波宮(なにわのみや)...
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難波宮内裏東方遺跡

大阪市中心部にあった古代宮城における役所跡。 歴史・概略 昭和29年(1954年)より本格的な周辺の発掘調査が行われ、飛鳥時代と奈良時代2つの時期の難波宮...
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法円坂遺跡・前期難波宮内裏西方官衙

大阪市にある古墳時代および飛鳥時代の建物跡。 歴史・概略 現在大阪歴史博物館とNHK大阪ホールが建っている場所(大阪城の南西、難波宮公園の北西)において古...
京跡・宮跡

高陽院邸跡

平安時代から鎌倉時代にかけての藤原氏の邸宅跡、および里内裏跡。 歴史・概略 高陽院(かやのいん)は平安時代中期の関白・藤原頼通(ふじわら・よりみち/道長の...
京跡・宮跡

凝花舎(梅壺)・飛香舎(藤壺) 跡

平安京内裏内にあった皇族の屋敷跡。 歴史・概略 延暦13年(794年)、桓武天皇(かんむてんのう)によって長岡京より平安京へ遷都、以来1000年に渡って日...
京跡・宮跡

飛鳥宮跡(岡本宮・板蓋宮・浄御原宮)

奈良県高市郡明日香村にある飛鳥時代の宮跡。 歴史・概略 飛鳥宮(あすかのみや)跡は、6世紀末から7世紀末にかけて営まれた宮跡。その間、連続して使用されたわ...
寺社

金峯山寺(南朝行宮跡)

奈良県吉野郡吉野町にある金峯山修験本宗(修験道)の本山。京都を脱出した後醍醐天皇が南朝を開いた場所として知られる。 歴史・概略 金峯山寺(きんぷせんじ)...
京跡・宮跡

三条東殿遺址「平治の乱」勃発の地

平安時代から鎌倉時代にかけての藤原氏の邸宅、および皇族の御所跡。「平治の乱」が勃発するきっかけとなった戦闘が起こった地。 歴史・概略 平安時代中期、ここに...
京跡・宮跡

藤原宮跡

古代の都・藤原京の跡。なかでも都の中心的施設であった藤原宮があった場所。 歴史・概略 藤原京(ふじわらきょう)は、持統天皇8年(694年)から和銅3年(7...
京跡・宮跡

高陽院邸跡

平安時代から鎌倉時代にかけての藤原氏の邸宅、および御所跡。 歴史・概略 高陽院:かやのいん 平安時代初期、この場所には桓武天皇の皇子・賀陽親王(かやしん...
京跡・宮跡

大炊御門万里小路殿址

平安時代から鎌倉時代にかけて使われた公卿の邸宅跡、および御所跡。 歴史・概略 平安時代中期、但馬守・源高房がこの場所で邸宅を営む。屋敷が大炊御門大路(おお...
邸宅・住居跡

花山院邸跡(京都御苑)

平安時代から明治に至るまで存在した藤原氏の邸宅跡、および御所跡。 歴史・概略 平安時代中期、清和天皇皇子・貞保親王(870年~924年)が邸宅を構えたこと...
京跡・宮跡

二條富小路内裏址(建武の新政 の地)

京都にあった鎌倉時代の公家の邸宅跡、および内裏跡。 歴史・概略 鎌倉時代中期、藤原氏の一族である西園寺実氏(さいおんじ・さねうじ)が邸宅(冷泉富小路殿)を...
京跡・宮跡

一条院跡

平安時代中期の邸宅跡、御所跡。 歴史・概略 一条院は大内裏北東に隣接した邸宅で、東西2町(今の堀川通あたりまで)を占めていた。この案内の東側に邸宅、西側に...
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鳥養院跡

平安時代前期の宇多天皇の離宮跡。 歴史・概略 宇多天皇(うだてんのう/867年~931年)は、一度皇籍を離れて源定省(みなもと・さだみ)と称したのち、皇籍...
京跡・宮跡

二条大路末北築地塀地業石(最勝寺跡)

平安京の北東・白河に残された平安時代後期のものとみられる築地塀跡。 歴史・概略 岡崎公園の駐車場建設における発掘調査で、平安時代後期の二条大路末の北側築地...
京跡・宮跡

白河南殿跡

平安時代後期、白河上皇によって使用された院御所跡。 歴史・概略 白河天皇(しらかわてんのう)は平安時代後期の第72代天皇で、まだ幼い堀河天皇や鳥羽天皇を即...
京跡・宮跡

平安京創始待賢御門跡

平安京大内裏の外郭に設けられた門のひとつ待賢門の跡。 歴史・概略 待賢門(たいけんもん)は平安京大内裏と外とを繋ぐ門のひとつである。大内裏とは天皇の住む内...