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恭仁京跡(山城国分寺跡)

恭仁京大極殿跡 京跡・宮跡
恭仁京大極殿跡

聖武天皇によって遷都されたかつての都跡。大養徳恭仁大宮(やまとのくにのおおみや)とも呼ばれる。

  • 天平12年(740年)、確かな理由は分かっていないが飢饉や地震、疫病など世情不安が続く中、平城京を捨てて恭仁京へと遷った。しかし聖武天皇は天平14年になると大極殿も完成しないうちに今度は近江信楽の地に紫香楽宮を造成し始め、たびたび足を運ぶようになった。そして翌年には都の建設が中止され、天平16年には難波宮へと遷都した。
  • 遷都の後、都の跡地は山城国分寺として活用され、大極殿は金堂に転用された。今は大極殿と七重の塔が建っていたとされる礎石が残っている。
  • 日本のおもな首都
    592年 飛鳥京(奈良県・推古天皇)
    645年 難波京(大阪府・孝徳天皇)
    655年 飛鳥京(奈良県・斉明天皇)
    667年 大津京(滋賀県・天智天皇)
    672年 飛鳥京(奈良県・天武天皇)
    694年 藤原京(奈良県・文武天皇)
    710年 平城京(奈良県・元明天皇)
    740年 恭仁京(京都府・聖武天皇)
    744年 難波京(大阪府・聖武天皇)
    745年 紫香楽宮(滋賀県・聖武天皇)
    745年 平城京(奈良県・聖武天皇)
    784年 長岡京(京都府・桓武天皇)
    794年 平安京(京都府・桓武天皇)
    1180年 福原京(兵庫県・安徳天皇)
    1180年 平安京(京都府・安徳天皇)
    1869年 東京(東京都・明治天皇)

施設データ

地図
住所:京都府木津川市加茂町例幣中切
恭仁京跡(山城国分寺跡)

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主な施設
大極殿跡、塔跡
利用時間
常時
定休日
無休
料金
無料
交通
・JR「加茂」駅
・コミュニティバス「恭仁宮跡」バス停

コメント

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