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槇島城跡

槇島城跡碑 城跡
槇島城跡碑

京都府宇治市にあった城。ほかに槙島城とも。
室町幕府滅亡のきっかけとなった槇島城の戦いが行われた地。

歴史・概略

  • 築城:承久3年(1221年)
  • 廃城:文禄3年(1594年)
  • 築城主:長瀬左衛門
  • 構造:平城
  • 主な城主:真木島氏(槇島氏)
  • 琵琶湖から流れ出る宇治川沿いに造られた城。かつてこのあたり一帯には巨椋池(おぐらいけ)と呼ばれる湖が存在しており、槙島城は槇島の名が示す通り湖にあった島に築かれた。周辺は水路に囲まれ、まさに天然の要害ともいえる城であった。
  • 元亀4年(1573年)、槇島城の戦い。
    この戦いの起こる5年前、織田信長が上洛し足利義昭を将軍へと押し上げた。その後しばらくは良好な関係が続いたものの、この頃には関係が悪化し対立を深めていた。信長はこの頃四方に敵を抱えた四面楚歌といった状況であり、義昭はとうとう信長に見切りをつけ、家臣真木島昭光の居城槙島城において挙兵した。
    しかし、圧倒的な兵力差によってすぐに鎮圧、義昭は京を追放され事実上室町幕府は滅亡した。
  • その後は細川昭元塙直政井戸良弘らが相次いで城主となったが、豊臣秀吉がこの北側に伏見城を築城したことにより、戦略的価値は薄れ文禄3年(1594年)に廃城となった。
  • 今現在、巨椋池は完全に埋め立てられ周辺も宅地開発が進んでいて当時の面影は全くない。ただかつてそこに城があったことを示す石碑が立てられているのみである。

施設データ

地図
住所:京都府宇治市槇島町薗場

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主な施設
石碑のみ
利用時間
常時
定休日
無休
料金
無料
交通
【電車】
・JR「宇治」駅から約1.2Km
・京阪電車「宇治」駅から約1.7Km

【マイカー】
・京治バイパス「宇治西IC」から約2Km
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