幕末の会津藩の女性・中野竹子が戦死した場所。会津戦争(戊辰戦争)において会津に侵攻してきた新政府軍を相手に一歩も引かずに薙刀を振るい戦ったと言われる。
歴史・概略
- 中野竹子(なかの・たけこ)は薙刀を得意としており、新政府軍が会津城下に侵入してくると妹の優子(まさこ)とともに婦女隊を結成し、戦いに参加することを願い出た。しかし女子であることを理由に断られ、それならば自害すると言って無理やり従軍を認めさせたという。
- 婦女隊は決死の覚悟で戦い竹子は銃弾を受けて戦死、妹の優子は敵に首級を奪われぬよう介錯し首を回収したという。この時の竹子の年齢については諸説あるが20歳ぐらいだったと言われている。
見どころ・おすすめ
史跡情報
地図 |
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【場所】 福島県会津若松市神指町東城戸 【付近の史跡】
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主な施設 |
石碑・石像 |
利用時間 |
常時 |
定休日 |
無休 |
料金 |
無料 |
交通 |
【電車】 ・JR「七日町」駅から約1.6Km 【バス】 ・会津バス「黒川」バス停 【マイカー】 ・磐越自動車道「会津若松IC」から約3Km |