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逆櫓の松

逆櫓の松跡 その他遺跡

治承・寿永の乱」における評議で梶原景時源義経が戦略を巡って争ったと言われる場所。

  • 「一ノ谷の戦い」の後、平家は讃岐国屋島を新たな拠点としており、源義経は平家攻略のため船での急襲を計画した。評議の場で梶原景時は船が戻れるよう船首にも逆櫓を付けるように提案したが、義経は最初から退却のことを考えるのは良くないとして拒否したとされる。その評議を行った場所がこの辺りと言われる。
  • 江戸時代頃まではここに「逆櫓の松」と呼ばれる大きな松が生えていたらしいが、現在は枯れてしまっている。
  • 「治承・寿永の乱」おもな戦闘
    宇治平等院の戦い(1180年)/石橋山の戦い(1180年)/富士川の戦い(1180年)/倶利伽羅峠の戦い(1183年)/宇治川の戦い(1184年)/粟津の戦い(1184年)/一ノ谷の戦い(1184年)/屋島の戦い(1185年)/壇ノ浦の戦い(1185年)

施設データ

地図
住所:大阪府大阪市福島区福島
逆櫓の松

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主な施設
逆櫓の松跡碑・案内板
利用時間
常時
定休日
無休
料金
無料
交通
・JR「新福島」「福島」駅
・阪神電車「福島」駅

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