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西軍砲陣跡

西軍砲陣跡 古戦場
西軍砲陣跡

戊辰戦争の際、新政府軍が大砲を置き会津藩の本拠地である鶴ヶ城(会津若松城)に向かって砲撃を行った場所。

歴史・概略

  • 慶応4年(1868年)、鳥羽・伏見の戦い」によって旧幕府軍と新政府軍の間に戊辰戦争の戦端が開かれ、新政府軍は立ちはだかる敵を次々と撃破しながら東へと進軍し、ついに会津へと入った。これを迎える会津藩は城門を閉じ籠城する戦略を取ったが、新政府軍は鶴ヶ城を見下ろす小田山に砲塁を築いて城を攻撃、多大な被害が出た。
  • 会津藩とともに反新政府軍であった奥羽越列藩同盟の諸藩が次々と降伏する中、城は破壊され負傷者が増えるばかりの状況に藩主松平容保はついに降伏を決断した。明治元年9月22日(1868年11月6日)、鶴ヶ城北側の路上で降伏式が行われ東北における戊辰戦争は終わった。

見どころ・おすすめ

  • 現在も鶴ヶ城天守がよく見える。町全体の景色は違うだろうが、城周辺の景色はおそらく当時とさほど違いはないものと思われる。
  • 鶴ヶ城はもちろん、城下にはたくさんの史跡が点在してるのでまとめて回るといい。

施設データ

地図
住所:福島県会津若松市花見ケ丘
西軍砲陣跡

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主な施設
案内板のみ
利用時間
常時
定休日
無休
料金
無料
交通
【バス】
・会津バス「花見ヶ丘」バス停

【マイカー】
・磐越自動車道「会津若松IC」

コメント

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