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鶴ヶ城

鶴ヶ城 博物館
鶴ヶ城

福島県会津若松市にあった城。江戸時代の会津藩藩庁。会津若松城とも呼ばれる。

南北朝の1384年、蘆名氏当主の直盛によって築城され代々蘆名氏の城下町として発展した。伊達政宗が蘆名氏を滅ぼした後は政宗が居城としたが豊臣秀吉によって取り上げられている。その後城主は蒲生氏、上杉氏、加藤氏、保科氏など次々と入った。蒲生氏の治世で黒川から若松へと名が改められ、徳川秀忠の子であった保科正之の入封以後は江戸幕府倒幕まで代々松平家(後に保科氏から改姓)が治めた。
戊辰戦争では板垣退助率いる政府軍に対して徹底抗戦を行うも1か月後に開城、松平氏は改易させられた。

  • 築城:元中元年/至徳元年(1384年)
  • 廃城:明治7年(1874年)
  • 築城主:蘆名直盛
  • 構造:梯郭式・平山城
  • 主な城主:蘆名氏・伊達政宗・蒲生氏・上杉景勝・加藤氏・保科氏(会津松平家)
  • 日本100名城
  • 1384年、蘆名直盛により築城。
  • 1589年、伊達政宗、蘆名氏を滅ぼし黒川城に入る。
  • 1590年、豊臣秀吉によって政宗から会津領が取り上げられ、蒲生氏郷が入封。
  • 1598年、上杉景勝、入封。
  • 1600年、徳川家康の命により会津に上杉征伐の軍が差し向けられる。その隙をついて石田三成が挙兵、「関ケ原の戦い」が勃発。
  • 1601年、蒲生秀行、入封。
  • 1627年、加藤嘉明、入封。
  • 1643年、保科正之、入封。
  • 1868年、戊辰戦争(会津戦争)。
  • 1874年、廃城。

施設データ

地図
住所:福島県会津若松市追手町
鶴ヶ城

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主な施設
天守閣・南走長屋・干飯櫓・茶室麟閣・武徳殿・鐘撞堂・鉄門(くろがねもん)
利用時間
8:30 ~ 17:00
定休日
無休
料金
天守閣 大人410円・小中学生150円
天守閣・茶室麟閣共通 510円
交通
・JR「西若松」駅
・会津バス「鶴ヶ城入口」「鶴ヶ城三の丸口」「鶴ヶ城西口」「鶴ヶ城北口・県立博物館前」バス停
・駐車場あり

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