鎌倉時代の公卿・西園寺公経の屋敷跡。
歴史・概略
- 西園寺公経(さいおんじ・きんつね)は、藤原氏の一族で平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての公卿。鎌倉幕府との関係は良好で、孫を将軍として鎌倉に送るなどし、幕府の力を背景に太政大臣に昇進した人物である。その一方で「小倉百人一首」にも選出されるなど、歌人としても知られている。
その後も西園寺家は幕府と親密な関係を続け隆盛を極めたが、元弘3年(1333年)に幕府が滅亡するとともに没落した。 - 元仁元年(1224年)、北山の山荘(現在の金閣寺あたり)に西園寺を建立、西園寺家の名の由来ともなった。
- この場所には、吉田泉殿と呼ばれる公経の別荘があったが、いまは石碑がひとつ立てられているのみである。
史跡情報
地図 |
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【場所】 京都府京都市左京区吉田泉殿町 【付近の史跡】
[ 南東・約1km ] 後一條天皇 菩提樹院陵
[ 西・約1km ] 大久保利通旧邸
[ 南東・約1km ] 陽成天皇 神楽岡東陵
[ 西・約1km ] 御土居(廬山寺・豊臣秀吉)
[ 西・約1km ] 藤原定家 一条京極第跡
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主な施設 |
石碑のみ |
利用時間 |
常時 |
定休日 |
無休 |
料金 |
無料 |
交通 |
【電車】 ・京阪電車「出町柳」駅から約0.7Km ・叡山電鉄「出町柳」駅から約0.7Km 【バス】 ・市バス・京都バス・京阪バス「百万遍」バス停 【マイカー】 ・名神高速道路「京都東IC」から約8Km |