長享の乱 | 場所と地図 – 歴史のあと https://rekishidou.com 場所と歴史をわかりやすく簡単に解説! Fri, 17 Mar 2023 11:26:43 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.2.5 https://rekishidou.com/wp-content/uploads/cropped-kofun-32x32.jpeg 長享の乱 | 場所と地図 – 歴史のあと https://rekishidou.com 32 32 実蒔原古戦場跡(長享の乱) https://rekishidou.com/sanemakibara/ https://rekishidou.com/sanemakibara/#respond Sat, 27 Jan 2018 04:05:42 +0000 http://rekishidou.com/?p=5837 長享の乱」の戦闘のひとつ「実蒔原の戦い」が行われた場所。

歴史・概略

  • 実蒔原(さねまきばら)の戦い」は、山内上杉家(やまうちうえすぎけ)上杉顕定(あきさだ)と、扇谷上杉家(おうぎがやつうえすぎけ)上杉定正の間で行われた戦い。この関東を本拠とする上杉氏同士の間で行われた戦いはおよそ20年にも及び、総称して「長享の乱(ちょうきょうのらん)」と呼ぶ。
  • 乱の発生前、「享徳の乱(きょうとくのらん)」により勢力を増した扇谷上杉家の実力者であった太田道灌(おおた・どうかん)が謀殺された。このことで扇谷上杉家と山内上杉家の関係が不安定化、戦闘へと発展した。
  • 長享元年(1487年)、山内上杉家の顕定は武蔵国鉢形城を出兵、扇谷上杉家の相模支配の本拠地である相模国糟屋館(かすやのやかた)を目指した。これに対し扇谷上杉家の定正は、武蔵国河越城から駆け付け糟屋館近くの実蒔原で激突した。顕定軍1000騎に対し、定正軍は200騎で奇襲し顕定軍を打ち破った。
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