新島襄 | 場所と地図 – 歴史のあと https://rekishidou.com 場所と歴史をわかりやすく簡単に解説! Tue, 28 Nov 2023 02:05:43 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.2.5 https://rekishidou.com/wp-content/uploads/cropped-kofun-32x32.jpeg 新島襄 | 場所と地図 – 歴史のあと https://rekishidou.com 32 32 新島旧邸 https://rekishidou.com/niijimatei/ https://rekishidou.com/niijimatei/#respond Wed, 20 May 2020 05:18:39 +0000 https://rekishidou.com/?p=10775 同志社英学校創立の地、および同志社を創立した新島襄の邸宅。

歴史・概略

  • 新島襄(にいじま・じょう)。上州安中藩士の家に生まれ、渡航が禁止されていた幕末に密かにアメリカへと渡りアメリカで教育を受けた。明治になって帰国、京都で同志社大学の前身となる同志社英学校を創立した。
  • 新島襄の妻・八重(やえ)は会津藩士の娘で会津戦争の際には銃を持って新政府軍と果敢に戦った。その後京都に移り住み、兄・山本覚馬(やまもと・かくま)や夫を助けた。
  • 明治8年(1875年)、現在地に同志社英学校を創立。
  • 明治9年(1876年)、京都御所の北にある旧薩摩藩邸(現在の同志社大学)に学校を移転。
  • 明治11年(1878年)、邸宅(現在の新島旧邸)が竣工。
  • 明治23年(1890年)、新島襄死去。
  • 明治40年(1907年)、八重がこの地を同志社に寄付。
  • 昭和7年(1932年)、新島八重死去。

見どころ・おすすめ

  • 京都御苑北側には現在も同志社大学がある。入り口には薩摩藩邸の石碑が立てられている。
  • この東、鴨川沿いに新島八重が携わった女紅場跡がある。

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薩摩藩邸跡(京都) https://rekishidou.com/satsumahantei/ https://rekishidou.com/satsumahantei/#respond Tue, 08 Mar 2016 10:24:57 +0000 http://bng2.com/rekinavi/?p=329 江戸時代後期に御所の北側に設けた薩摩藩邸跡(現・同志社大学)。

歴史・概略

見どころ・おすすめ

  • 石碑のみで薩摩藩邸を思わせるものは何もない。京都御苑から近いので散策ついでにでも寄ってみればいいと思う。

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