白虎隊 | 場所と地図 – 歴史のあと

白虎隊

会津戦争(慶応4年/1868年)において会津藩が組織した部隊。年齢毎に玄武隊、青龍隊、朱雀隊、白虎隊が組織され、白虎隊は16歳から17歳の武家の男子によって構成された。白虎隊は本来備えの部隊であったが、新政府軍の圧倒的な力を前に前線へ投入、「戸ノ口原の戦い」で敗走し飯盛山で自決した。

城跡

鶴ヶ城(会津若松城)

福島県会津若松市にあった城。 江戸時代の会津藩藩庁。会津若松城とも呼ばれる。 歴史・概略 南北朝時代の1384年、蘆名氏当主の蘆名直盛によって築城され、代々蘆...
墓・慰霊碑

飯盛山(白虎隊自決の地)

会津若松の東側にある山。戊辰戦争の際の白虎隊自刃の地として知られる。 歴史・概略 戊辰戦争の勃発により、旧幕府軍の中核をなした会津藩は新政府軍から敵とみな...
古戦場

戸ノ口原古戦場跡(白虎隊奮戦の地)

戊辰戦争の中の一局面である会津戦争において行われた戦闘地のひとつ。 歴史・概略 大政奉還による主導権争いが活発化する中、旧幕府軍と新政府軍の衝突によって戊...
邸宅・住居跡

旧滝沢本陣

滝沢本陣(横山家住宅)はかつて会津藩の本陣とされていた場所で、参勤交代や領内視察などの際に藩主の休息所として使用された。 歴史・概略 主屋は延宝6年(16...