承久2年(1220年)~文永9年(1272年)
ごさがてんのう。第88代天皇。土御門天皇の皇子。子に後深草天皇、亀山天皇など。後嵯峨天皇以降、皇統が持明院統と大覚寺統に別れ後継を巡る確執の原因となった。

大炊御門万里小路殿址
京跡・宮跡京都平安時代邸宅・住居跡鎌倉時代
平安時代から鎌倉時代にかけて使われた公卿の邸宅跡、および御所跡。歴史・概略平安時代中期、但馬守・源高房がこの場所で邸宅を営む。屋敷が大炊御門大路(おおいのみかどおおじ)・万里小路(までのこうじ)・冷泉小路(れいぜいこうじ)...

持明院仙洞御所跡
京跡・宮跡京都室町時代平安時代邸宅・住居跡鎌倉時代
平安時代から室町時代にかけて藤原氏の邸宅、および天皇退位後の御所として使われた屋敷跡。歴史・概略持明院(じみょういん)は平安時代後期、陸奥守・鎮守府将軍に任ぜられた藤原基頼(ふじわら・もとより)が、屋敷を構えたことに始まる...

閑院内裏跡
京跡・宮跡京都平安時代邸宅・住居跡鎌倉時代
京都府京都市にあった平安時代から鎌倉時代にかけての藤原氏の屋敷、および里内裏跡。歴史・概略平安時代初期、公卿の藤原冬嗣(ふじわら・ふゆつぐ)が屋敷を置いたことに始まる。冬嗣は桓武天皇から淳和天皇の4代に仕えた人物で、異例の...

二条殿御池跡
事件京都古戦場安土桃山時代室町時代平安時代邸宅・住居跡鎌倉時代
京都にあった皇族や公家の邸宅跡。安土桃山時代には織田信長の屋敷としても使われ、「本能寺の変」の戦闘が起こった場所でもある。歴史・概略この場所は、平安時代より皇族や公家の邸宅として利用され、鎌倉時代中期の正嘉元年(1257年...

南禅寺
京都古戦場安土桃山時代室町時代寺社幕末維新明治時代以降江戸時代鎌倉時代
京都市東山にある鎌倉時代より続く臨済宗の禅寺。歴史・概略文永元年(1264年)、後嵯峨天皇によって離宮・禅林寺殿(ぜんりんじどの)が造営される。禅林寺殿の名は永観堂として知られる禅林寺の南側に建てられたことに由来する。
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