源氏物語──平安時代の優美で複雑な世界に触れると、まるでタイムトラベルしたような感覚に包まれます。ですが、初めてこの文学に触れた人は煩雑な古文や謎めいた人物たちに戸惑うこともしばしば。
読み辛くて途中で挫折してしまった人も、読んでみたいけどハードルが高いと思う人も、まずはマンガから入ることをおすすめします。挿絵や対話が豊かに描かれたマンガならば、物語の背後に潜む情熱や複雑な人間関係も一層理解がしやすいでしょう。
本記事では、まず源氏物語とその作者紫式部について簡単に解説、そして源氏物語の入り口としておすすめな図解本・マンガを紹介します。紫式部と源氏物語の魅力にどっぷり浸かりながら、文学の深淵を楽しんでみませんか。
源氏物語ってこんなもの
平安時代のロマンス小説
『源氏物語』は平安時代中期、もっとわかりやすくいうとあの藤原道長の時代に紫式部によって書かれた長編小説です。実は物語が書かれた当時のタイトルはわかっておらず「源氏の物語」「光源氏の物語」「紫の物語」などとも呼ばれます。
物語は54帖からなり、収められた和歌はおおよそ800首、主人公である光源氏の一生とその一族の70年にわたる生活を描いた100万字にもおよぶ超大作です。宮廷貴族の暮らしや人とのかけひき、さまざまな恋、その間で揺れ動く心情など詳細かつ魅力的に描写しており、日本のみならず世界的にも高い評価を受けています。まさに古典文学の最高傑作ともいえる作品でしょう。
作者は紫式部といわれているけれど…
源氏物語の作者は?と聞かれれば、ほとんどの日本人は紫式部と答えることができるでしょう。ただ実をいうと…ホントのところはわかっていない、そういわれているというのが正しい答えです。
現在そこかしこで売られている本のように、表紙に作者が書いてあれば話は簡単です。しかしそんなわけもなく、そもそもオリジナルは現存していません。
ただ、紫式部日記の記述(ズバリ書いてあるわけではなく、あくまで状況証拠)や長年の学者たちの研究から、作者は紫式部というのが定説です。ほかに光源氏のモデルともいわれている源高明とする説や、複数人によって加筆されたとする説などがあります。
紫式部ってこんなひと
藤原氏の一族で本名はわからない
昔の女の人は表舞台に立つ機会も少なく、記録がないことも珍しくありません。名前も『○○の娘』や『○○の女房』のように名前も残らず、いつ生まれいつ亡くなったのかも分からないことも普通です。
紫式部もこれと同じく、貴族で歌人である藤原為時の娘であることはわかっていますが、生没年はともに不明で、やはり本名もわかっていません。一説には『御堂関白記』に出てくる藤原香子ではないかともいわれていますが、異論もあり認められるに至っていません。
宮中での通称は藤式部(ふじしきぶ・とうしきぶ)。これは父の為時の官位・式部大丞に由来するとされています。その後、物語に出てくるヒロイン「紫の上」に因んで紫式部と称されるようになったと考えられます。
お仕事は彰子に仕える女官
紫式部のお仕事は作家、ではなく一条天皇の中宮・藤原彰子(ふじわら・しょうし)に仕える女官です。ここで彰子のお世話をしたり、家庭教師的な役割もこなしていたとみられます。
宮中以外の記録はあまりありませんが、父の藤原為時が越前守に任じられた際、為時とともに越前で2年ほど少女時代を過ごしたとされます。その後、かなり年のいった山城守・藤原宣孝と結婚し一女を授かりますが、夫とはすぐに死別してしまったようです。
彰子に仕えたのはそのあとで、寛弘2年か3年(1006年/1007年)から寛弘8年(1012年)頃にかけてとされています。宮中を去った後は定かではなく、いろいろな説が唱えられています。
紫式部を取り巻く状況
紫式部が仕えた彰子の結婚相手である一条天皇には、実はもう一人后がいました。藤原定子(ふじわら・ていし)です。定子は道長の兄である道隆を祖とする中関白家(なかのかんぱくけ)と呼ばれる一族で、中関白家と道長とはいわゆるライバル関係にありました。
当時の政治システムは摂関政治、天皇を出した一族が摂政や関白に就いて絶大な権力を握るというものです。定子は早くに亡くなってしまいましたが皇子がひとり残されており、逆に道長の娘の彰子にはなかなか子ができませんでした。このままでは定子の産んだ皇子が天皇となり、中関白家が権力を握りかねません。道長にはどうしても彰子に皇子を生んでもらいたい事情があったのです。
いわば宮中は中関白家と道長陣営の戦いの最前線。
そのため、両陣営は競うように周りを才女たちでかためます。彰子の下には和泉式部(いずみしきぶ)や赤染衛門(あかぞめえもん)、出羽弁(でわのべん)、伊勢大輔(いせのたいふ )などがおり、いずれも歌や物語の執筆で名を残しています。紫式部はそうした才女のひとりとして迎えられました。ちなみに敵対する中関白家陣営の定子に仕えていたひとりが、『枕草子』を著したことで知られる清少納言です。
のちに道長の望む通り彰子は皇子を出産、その子が帝位を継ぎ道長は隆盛を極めます。一方の中関白家は没落していきました。
なんとも雅な世界とはまったく程遠いですが、こうした状況において生み出されたのが源氏物語というわけです。
おすすめマンガ・図解本
源氏物語を堪能できるおすすめのマンガ・図解本を紹介します。
あさきゆめみし
『はいからさんが通る』などでおなじみの大和和紀先生によるまんが作品。源氏物語の世界を少女漫画ならではのやわらかさで忠実に再現。シリーズ累計発行部数は1800万部以上、30年経った今でも読み継がれる大ヒットまんが。
知泉源氏
『モノのなまえ事典』や『知泉蔵』などを手掛ける雑学王・杉村喜光によるまんが作品。小難しい源氏物語をところどころ解説を挟みつつ、より分かりやすく、より面白く描く。小学生から大人まで楽しみながら学べる。
紫式部日記
豪華絢爛な大御殿、王子様にたくさんのお姫様、歌ったり踊ったり宴の毎日、何不自由ない雅できらめく平安貴族の生活……いやいや待て待て。憂鬱な仕事に面倒な人間関係、向けられる嫉妬と陰口の数々、いまも千年前も人の考えることは変わらない!?
紫式部の心情を書き綴った日記を人気イラストレーター小迎裕美子がおもしろおかしく描く。
源氏物語 解剖図鑑
源氏物語の世界がまるわかり。
物語全体の解説のほか、当時の平安貴族の暮らしや文化、しきたりなど、佐藤晃子の解説を伊藤ハムスターのゆる~いイラストで描いた一冊。