細川ガラシャ

永禄6年(1563年)~慶長5年(1600年)
明智光秀の三女、細川忠興の正室。他に珠とも。忠興との結婚後、父・光秀が起こした「本能寺の変」により「逆臣の娘」となり幽閉生活を送った。その後キリシタンとなってガラシャの洗礼名を受けた。豊臣秀吉の死後に石田三成が蜂起した際、三成は大阪城にいた大名の妻子を人質に取ったが、ガラシャは人質となることを拒否し家臣の手によって自害した。

大阪

越中井

現在の大阪城より南へ数百メートルの場所、かつて細川越中守忠興邸がこの付近にあり、その屋敷の台所にあった井戸と伝えられる。 慶長5年9月の「関ケ原の戦い」...
京都

勝龍寺城跡

京都府長岡京市にあった城。小竜寺城とも呼ばれる。 戦国時代、細川氏の城となり明智光秀の娘たま(後のガラシャ夫人)が輿入れし暮らした城として知られる。 歴...
博物館

大阪城公園

天正11年(1583年)羽柴秀吉(豊臣秀吉)によって築城され、その後秀吉政権下の本拠地となった。築城時の総奉行は黒田官兵衛、縄張りに当たった。城の北側に大川が流...
タイトルとURLをコピーしました