応仁の乱

応仁元年(1467年)~文明9年(1477年)
京都の街を中心に起こった戦乱。応仁・文明の乱とも。畠山氏や斯波氏、足利将軍の後継争いなどによって全国を巻き込んだ戦闘に発展した。それぞれを率いた細川勝元、山名宗全が陣を敷いた位置関係から細川氏側を東軍、山名氏側を西軍と呼んだ。11年に及んだ戦乱は両軍の和睦によってようやく終息したが、室町幕府の権力は弱まり戦国時代へと移行していった。

邸宅・住居跡

応仁の乱洛中合戦勃発地・聚楽城 加藤清正邸・源頼光 一条邸・福岡藩邸・近衛邸跡

豊臣秀吉が天下を掌握した当時、京都に築いた聚楽第において加藤清正屋敷があったとされる場所。 この他にもいろんな時代の屋敷跡や戦跡として記録されている。歴史・概略碑文 「聚楽城 加藤清正邸跡伝承地」 「此付近 応仁の乱...
邸宅・住居跡

花の御所石敷き(幕府将軍室町第)

室町時代、足利将軍家が居所としていた室町殿の跡。室町幕府の名の由来ともなっており、「花の御所」とも呼ばれる。歴史・概略その敷地は東は烏丸通から西は室町通までのおよそ150メートル、北は上立売通から南は今出川通までのおよそ...
城跡

船岡山城跡

京都府京都市にあった山城。船崗山城、山名城とも呼ばれる。歴史・概略築城:応仁元年(1467年) 廃城:応仁2年(1468年) 築城主:大内政弘 構造:山城 主な城主:大内政弘、山名教之、細川政賢 ...
古戦場

応仁の乱勃発地(御霊神社)

室町時代中期、「応仁の乱」が始まるきっかけとなる御霊合戦が行われた場所。歴史・概略御霊合戦(ごりょうがっせん)とは応仁元年(1467年)1月18日朝、上御霊神社境内において畠山政長(はたけやま・まさなが)と畠山義就(はた...
城跡

観音寺城跡

滋賀県近江八幡市にあった戦国時代の山城。 近江の戦国大名・六角氏の居城として知られる。歴史・概略標高約430メートルの繖(きぬがさ)山に築かれた山城で、築城年代は不明である。南北朝の頃には記述がみられるため、そのころには...
寺社

南禅寺

京都市東山にある鎌倉時代より続く臨済宗の禅寺。歴史・概略文永元年(1264年)、後嵯峨天皇によって離宮・禅林寺殿(ぜんりんじどの)が造営される。禅林寺殿の名は永観堂として知られる禅林寺の南側に建てられたことに由来する。 ...
古戦場

百々橋の礎石(応仁の乱)

百々橋は「応仁の乱」で激しい戦闘となった場所のひとつ。歴史・概略百々橋(どどばし)は、堀川のすぐ東を南北に流れる小川(こかわ)に架かっていた橋である。名はこの付近が「百々ノ辻」と呼ばれていたことに由来する。 ただし、今は...
寺社

東寺

平安京遷都より続く京都にある真言宗寺院で教王護国寺(きょうおうごこくじ)とも呼ばれる。高野山を開いた平安時代の高僧空海ゆかりの寺として知られている。歴史・概略平安京造営の際、都の守りとして建てられた国立の官寺。平安京の南側...
邸宅・住居跡

聚楽城上杉景勝屋敷跡・細川勝久屋敷跡

「応仁の乱」における有力武将のひとり細川勝久の屋敷跡、および豊臣秀吉が京都に築いた聚楽第に上杉景勝が置いた屋敷跡とされる。歴史・概略細川勝久(ほそかわ・かつひさ)は室町幕府三管領である細川氏一門の出身で、「応仁の乱」では本...
邸宅・住居跡

山名宗全旧蹟

室町時代最大の戦乱のひとつ「応仁の乱」で、西軍の総大将となった山名宗全の邸宅があった場所。歴史・概略乱のきっかけとなったのは室町幕府管領畠山氏の後継争いで、そこに山名宗全(やまな・そうぜん)の政権内の地位向上や、さらには足...
邸宅・住居跡

山名宗全邸跡

京都の街を戦乱に巻き込んだ「応仁の乱」において、総大将として西軍を率いた山名宗全が構えていた邸宅跡。歴史・概略山名宗全(やまな・そうぜん)は、近畿・中国地方に勢力を張った山名氏の頭領。名は持豊。宗全は出家後の法名で、一般的...
邸宅・住居跡

足利将軍室町第址(室町幕府御所)

室町幕府の時代、足利将軍家が邸宅としていた室町第(室町邸)があった場所。歴史・概略室町第(むろまちてい・むろまちだい)は京都御所のすぐ近くに位置しており、東西は室町通から烏丸通、南北は上立売通から今出川通に及ぶ広大な敷地を...
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