天文15年(1546年)~天正10年(1582年)
甲斐出身の戦国武将。武田信玄の四男。他に諏訪勝頼とも。信濃高遠城主、甲斐躑躅ヶ崎館城主。他の兄たちが廃嫡、死去したことなどによって武田家の後継となった。信玄の死後、「長篠の戦い」において織田信長・徳川家康連合軍に大敗を喫したあと次第に力は衰え、最後は信長の侵攻を受けて自害した。

金山城跡
博物館古戦場城跡安土桃山時代室町時代群馬
群馬県太田市にあった城。
新田金山城、太田金山城とも呼ばれる。歴史・概略文明元年(1469年)、新田氏や足利氏の一族である岩松家純が、標高約236mの独立峰・金山に築城。
享禄元年(1528年)、岩松氏家臣の由良成繁...

高天神城跡
古戦場城跡安土桃山時代室町時代静岡
静岡県掛川市にあった戦国時代の山城。
鶴舞城とも呼ばれる。歴史・概略築城年代、築城者は不明であるが、16世紀初頭に今川氏によって築かれたとされる。それ以前にも砦のようなものが築かれていたともされるが詳細は不明。
その後...

内藤昌豊の墓(長篠の戦い)
古戦場墓・慰霊碑安土桃山時代愛知
織田・徳川連合軍と武田軍との間で起こった「長篠の戦い」で討死した内藤昌豊の墓。歴史・概略内藤昌豊(ないとう・まさとよ)は馬場信春や山県昌景、高坂昌信とともに甲斐武田氏を支えた武田四天王のひとり。信玄が亡くなった後は子の勝頼...

武田勝頼本陣跡(医王寺・長篠攻城戦)
古戦場安土桃山時代寺社愛知
武田軍と織田・徳川連合軍が戦った「長篠の戦い」の前哨戦である長篠城攻城戦において武田勝頼が本陣を置いた場所。歴史・概略天正3年(1575年)、武田信玄の跡を継いだ武田勝頼は長篠城の支配を狙って進軍、城兵わずか500に対して...

躑躅ヶ崎館
城跡安土桃山時代室町時代山梨
山梨県甲府市にある戦国時代の城。
戦国武将・武田信玄の居館として知られ、現在は信玄を祀る武田神社が建っている。歴史・概略
永正16年(1519年)、武田信玄の父・信虎によって築城され、以後武田氏の居館となった。しかし、信...

長篠役設楽原決戦場
古戦場安土桃山時代愛知
天正3年(1575年)、父・武田信玄の跡を継いだ武田勝頼と、織田・徳川連合軍が奥三河の長篠において衝突し、武田軍が大敗を喫した「長篠の戦い」が起こった場所。「長篠役設楽原決戦場」の碑が立つ。歴史・概略長篠城の西側、設楽原(...

長篠城跡
博物館古戦場城跡安土桃山時代室町時代愛知
戦国時代、愛知県新城市にあった城。歴史・概略
永正5年(1508年)、今川氏と関係が深い菅沼元成(すがぬま・もとなり)によって築城され、菅沼氏の居城となった。その後、今川氏の衰退により東に勢力を伸ばしてきた徳川家康の配下となった。...

三方ヶ原古戦場
古戦場室町時代静岡
戦国時代末期、西に侵攻を開始した武田信玄とそれを守る隣国の徳川家康との間に起きた戦闘の地。歴史・概略信濃を平定し駿河侵攻によって領土の拡大を続ける武田信玄は、いよいよ西に向け侵攻し始めた。それを食い止めようと家康は必死の抵...