スポンサーリンク

長篠役設楽原決戦場

設楽原決戦場 古戦場
設楽原決戦場

天正3年(1575年)、父・武田信玄の跡を継いだ勝頼と織田・徳川連合軍が奥三河の長篠において衝突、武田軍が大敗を喫した「長篠の戦い」が起こった場所。「長篠役設楽原決戦場」の碑が立つ。

歴史・概略

  • 連吾川を挟んで両軍が布陣し、織田信長は武田軍を迎え撃つため馬防柵を設置した。また、信長は当時としては大量の鉄砲を持ち込んで鉄砲隊を組織、戦いが始まると「三段撃ち」の新戦法を使って向かってくる武田の軍勢に次々と玉を撃ち込み勝利に導いたとされる。
    ただ本当に「三段撃ち」のような戦法が取られたのかについては異論もあり、史実ではないとする意見もある。
  • 「長篠の戦い」におけるおもな出来事
    <天正3年>
    5月 1日 武田軍、長篠城を取り囲む
    5月14日 鳥居強右衛門、救援を要請するため城内を抜けだす
    5月15日 強右衛門、岡崎城に到着し織田信長、徳川家康と面会
    5月16日 強右衛門、武田軍に捕縛され処刑される
    5月18日 織田・徳川軍着陣
    5月20日 鳶ヶ巣山砦に奇襲
    5月21日 設楽ヶ原の戦い

見どころ・おすすめ

  • 周辺には「長篠の戦い」に関する史跡が点在しているので、まとめて回るのがおすすめ。
  • 新城市設楽原歴史資料館では「長篠の戦い」や火縄銃に関しての資料が展示がしてある。
  • 3Kmほど東には、この戦いのきっかけとなった長篠城がある。

施設データ

地図
住所:愛知県新城市竹広
長篠役設楽原決戦場

周辺の史跡を探す
主な施設
石碑のみ
利用時間
常時
定休日
無休
料金
無料
交通
【電車】
・JR「三河東郷」駅から約0.9Km

【マイカー】
・新東名高速道路「新城IC」から約1.3Km

コメント

スポンサーリンク
スポンサーリンク
タイトルとURLをコピーしました