聚楽第 | 場所と地図 – 歴史のあと

聚楽第

天正15年(1587年)~文禄4年(1595年)
聚楽第(じゅらくだい・じゅらくてい)は豊臣秀吉が京都の元内裏付近に建てた城郭。秀吉が関白職を甥の秀次に譲った際、聚楽第も引き継がれた。しかし、秀次事件によって秀次が亡くなった後、聚楽第は破却され短い役目を終えた。

城跡

大内裏及聚楽第東濠跡

平安京の大内裏跡、および豊臣秀吉が京都に築いた邸宅・聚楽第跡。 歴史・概略 平安京の政庁であった大内裏の北東部分に当たる場所。 大内裏は平安時代初期の頃から...
城跡

聚楽第跡(本丸西濠跡)

豊臣秀吉が京都に築いた邸宅・聚楽第跡。 歴史・概略 聚楽第(じゅらくてい・じゅらくだい)は、関白となった豊臣秀吉が京都に置いた政庁兼邸宅である。天正14年(1...
邸宅・住居跡

応仁の乱洛中合戦勃発地・聚楽城 加藤清正邸・源頼光 一条邸・福岡藩邸・近衛邸跡

豊臣秀吉が天下を掌握した当時、京都に築いた聚楽第において加藤清正屋敷があったとされる場所。 この他にもいろんな時代の屋敷跡や戦跡として記録されている。 歴史・...
邸宅・住居跡

木村長門守重成公旧館地

豊臣秀吉が京都で政務を執るために築いた聚楽第近くにあった木村重成(きむら・しげなり)の屋敷跡。 歴史・概略 木村重成の父は豊臣秀次に仕えた木村重茲(きむら...
京跡・宮跡

豊臣秀勝邸跡伝承地・平安宮内裏蘭林坊跡

平安京大内裏の蘭林坊(らんりんぼう)があった場所。また、豊臣秀吉の聚楽第があった時代には豊臣秀勝の邸宅があったと推定されている。 歴史・概略 延暦13年(...
邸宅・住居跡

千利休居士聚楽屋敷址

平安時代に活躍した陰陽師・安倍晴明を祀る晴明神社が建つ地は、かつて茶人千利休が屋敷を構えており、境内には当時茶湯に用いたとされる井戸が現存する。 歴史・概略 ...
城跡

聚楽第南外濠跡

豊臣秀吉が一時期本拠としていた京都・聚楽第の跡。 歴史・概略 聚楽第(じゅらくてい・じゅらくだい)は、関白に就任した豊臣秀吉が、かつての平安京大内裏跡に築城し...
邸宅・住居跡

聚楽城上杉景勝屋敷跡・細川勝久屋敷跡

「応仁の乱」における有力武将のひとり細川勝久の屋敷跡、および豊臣秀吉が京都に築いた聚楽第に上杉景勝が置いた屋敷跡とされる。 歴史・概略 【細川勝久】ほそか...
邸宅・住居跡

聚楽城上杉景勝・直江兼続屋敷跡

京都・聚楽第の武家地。上杉景勝と直江兼続の屋敷があったと考えられている場所。 歴史・概略 天正15年(1587年)、関白となった豊臣秀吉が政務をとる拠点と...
邸宅・住居跡

黒田如水邸跡(京都)

豊臣政権時代、京都聚楽第付近に設けた黒田官兵衛(如水)の屋敷があった場所。 歴史・概略 聚楽第(じゅらくてい・じゅらくだい)は、関白となった豊臣秀吉が、天...
城跡

聚楽城鵲橋旧蹟

豊臣秀吉が関白として政務を執った聚楽第の跡地。 歴史・概略 聚楽第(じゅらくてい・じゅらくだい)は、豊臣秀吉が関白としての政務を果たすための拠点として、かつて...