?~延元元年/建武3年(1336年)
なわ・ながとし。鎌倉時代後期の豪族。伯耆守。後醍醐天皇を隠岐から救出、鎌倉幕府倒幕の兵を挙げた。建武政権崩壊後、足利尊氏に敗れて戦死した。
瀬田の唐橋
その他遺跡古戦場奈良時代安土桃山時代室町時代幕末維新平安時代明治時代以降江戸時代滋賀鎌倉時代飛鳥時代
琵琶湖の南を流れ出る瀬田川に架かる橋。
歴史・概略
瀬田の唐橋(せたのからはし)は、現在の滋賀県大津市にある橋で、ほかに勢多大橋や勢多唐橋などとも表される...
名和長年公景慕碑
京都古戦場墓・慰霊碑室町時代
「延元の乱」の戦闘において名和長年が討ち死にしたと伝わる場所。
歴史・概略
名和長年(なわ・ながとし)は伯耆国で海運業を行っていた村上源氏の一族・名和氏の...
名和長年公殉節所(延元の乱)
京都古戦場墓・慰霊碑室町時代
後醍醐天皇を支えたひとり名和長年の戦死の地。
歴史・概略
名和長年(なわ・ながとし)は、後醍醐天皇を支えた忠臣のひとり。元は伯耆国の豪族で、隠岐に流された...