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名和長年公殉節所

名和長年公殉節所碑 京都
名和長年公殉節所碑

後醍醐天皇を支えたひとり名和長年の戦死の地。

歴史・概略

  • 名和長年は後醍醐天皇を支えた忠臣のひとりで、元は伯耆国の豪族だったが隠岐に流された後醍醐天皇を脱出させた人物。その後も船上山で鎌倉幕府倒幕の兵を挙げるなどの功績により、伯耆守に任ぜられその後の建武政権を支えた。
  • 建武2年(1335年)、足利尊氏が建武政権を離脱し天皇側と足利側の戦闘が始まった(延元の乱)。建武3年(1336年)、天皇側は一旦は京から足利軍を退けることに成功するが、再起して上洛する足利軍に湊川で楠木・新田軍が敗北し足利軍の入京を許す。長年は京都中心部で足利軍と戦って戦死した。
  • 長年はそののち後醍醐天皇を支えたひとりとして結城親光、楠木正成、千種忠顕とともに三木一草と呼ばれ称えられるようになった。
  • 討ち死にした場所は三条猪熊とする記録もあり、そちらにも碑が立てられている。

見どころ・おすすめ

  • この周辺は平安時代頃には大内裏があった場所で、豊臣秀吉の時代には聚楽第が建てられていた場所でもある。付近にはそれを示す石碑が点在しているので、散策のついでにでも行くといい。

施設データ

地図
住所:京都府京都市上京区梨木町
名和長年公殉節所

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主な施設
石碑のみ
利用時間
常時
定休日
無休
料金
無料
交通
【電車】
・地下鉄「今出川」駅から約1.2Km

【バス】
・市バス「大宮中立売」「一条戻橋・晴明神社前」「堀川中立売」バス停

【マイカー】
・名神高速「京都南IC」から約8Km

コメント

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