吉川広家

永禄4年(1561年)~寛永2年(1625年)
安芸出身の戦国武将。出雲月山富田城主、周防岩国城主。吉川元春の三男。「関ケ原の戦い」において毛利家当主の輝元が西軍の総大将となったため広家も西軍に属したが、広家は密かに家康に敵意がないことを告げ関ケ原の戦闘に参加せず東軍の勝利に貢献した。

城跡

岩国城

山口県岩国市にあった城。 江戸時代の岩国藩藩庁。横山城とも呼ばれる。錦川にかかる錦帯橋は岩国のシンボルとなっている。歴史・概略慶長5年(1600年)、「関ケ原の戦い」のあと、中国の大大名であった毛利輝元は、戦後処理におい...
城跡

米子城跡

鳥取県米子市にあった城。 江戸時代の米子藩藩庁で、廃藩後は鳥取藩の支城となった。久米城、湊山金城とも呼ばれる。歴史・概略応仁元年(1467年)頃、山名宗之(宗幸)が飯山に砦を築いたことに始まるとされる。 大永4年(1...
城跡

津城

三重県津市にあった城。江戸時代の津藩藩庁。 別名、安濃津城(あのつじょう)。歴史・概略戦国時代後期、伊勢の国人であった長野氏の一族・細野藤敦によって築城。その後、尾張より侵攻してきた織田信長の勢力下になると、信長の弟・織...
城跡

月山富田城

島根県安来市にあった城。 戦国時代、山陰の一大勢力であった尼子氏が本拠としていたことで知られる。歴史・概略 築城は平安時代末期の保元、平治の頃と伝わるが定かではない。戦国時代になると、京極氏の守護代であった尼子氏が城を奪って戦国...
古戦場

関ケ原古戦場

慶長5年9月15日(1600年10月21日)、岐阜県関ケ原町で行われた天下分け目の戦い。日本史上最大規模の戦闘となった中心地。歴史・概略豊臣秀吉の死後、それまでの取り決めを反故にして好き勝手にふるまう徳川家康に対し危機感を...
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