真田幸村 | 場所と地図 – 歴史のあと

真田幸村

永禄10年(1567年)?~慶長20年(1615年)
信濃出身の戦国武将。真田信繁とも。真田昌幸の二男。武田家に仕え、武田家滅亡後は織田氏や上杉氏、豊臣氏の人質として暮らした。「関ケ原の戦い」では西軍に与して父とともに高野山に配流された。その後の「大阪の陣」では豊臣方として奮戦し、徳川家康に自害を覚悟させるほど追い詰めたというが、兵力差は埋まらず討死した。

城跡

大阪城公園

大阪府大阪市にある城。 歴史・概略 大阪城(おおさかじょう)は、天正11年(1583年)に羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)によって築城され、その後秀吉政権の本拠地とな...
城跡

真田幸村出丸城跡(心眼寺・大坂の陣)

「大阪の陣」において、大坂方の真田幸村が徳川勢に対抗するため築いた真田丸跡。 歴史・概略 慶長19年(1614年)、豊臣氏と徳川氏の関係悪化に伴い、大阪城...
古戦場

大阪の陣 幸村・家康本陣

大阪市にある古墳。徳川と豊臣の最終決戦である「大阪の陣」の際には重要な拠点となった。 歴史・概略 天王寺公園内にある前方後円墳で、長さは約200メートル...
城跡

上田城

長野県上田市にあった城。信濃国上田藩の藩庁。 歴史・概略 天正11年(1583年)、かつて甲斐武田氏に仕えていた真田昌幸によって築城。何倍もの兵力で攻撃を仕掛...
古戦場

安居神社(真田幸村最後の地)

「大阪の陣」において獅子奮迅の戦いぶりを見せて名を挙げた真田信繁(幸村)終焉の地とされる。 歴史・概略 「大阪冬の陣」よりわずか数か月ののち、豊臣最後の決...
古戦場

真田幸村緒戦勝利之碑(大坂の陣)

「大阪の陣」における真田幸村の戦勝碑。 歴史・概略 慶長19年(1614年)、豊臣方と徳川方の衝突が決定的となり、豊臣方の本拠地・大阪城を中心に「大阪冬の...
城跡

真田氏本城跡

長野県上田市にあった戦国時代の山城。 真田山城、松尾城などとも呼ばれる。 歴史・概略 天文年間(1532年~1555年)、真田幸村の祖父にあたる真田幸隆(...
城跡

砥石城跡

長野県上田市にあった戦国時代の山城。 ほかに戸石城とも表記する。 歴史・概略 本城の北に桝形城、南西に米山城、南に砥石城が配置された連郭式山城で、これらを総称...
城跡

忍城址公園

埼玉県行田市にあった江戸時代の忍藩藩庁がおかれた城。 歴史・概略 豊臣秀吉による「小田原攻め(小田原征伐)」の際には、城代として城を預かっていた成田長親(なり...
古戦場

三光神社(大坂の陣)

大阪府大阪市にある神社。 歴史・概略 この付近一帯は「大阪の陣(冬の陣)」の際、真田丸(さなだまる)が置かれたと言われる場所で、徳川方との間で激しい戦闘が...