鳥取県米子市にあった城。
江戸時代の米子藩藩庁で、廃藩後は鳥取藩の支城となった。久米城、湊山金城とも呼ばれる。
歴史・概略
- 応仁元年(1467年)頃、山名宗之(宗幸)が飯山に砦を築いたことに始まるとされる。
- 大永4年(1524年)、尼子氏の支配を受ける。
- 永禄5年(1562年)頃、毛利氏が制圧し山名氏の支配となる。
- 永禄12年(1569年)、再び反毛利と転じたが吉川元春によって落城。
- 天正19年(1591年)、吉川広家が城主となり、湊山に築城。
- 慶長5年(1600年)、「関ケ原の戦い」の後、広家は転封、中村一忠が入封した。
- 慶長14年(1609年)、一忠が急死し断絶したため、加藤貞泰が入封。
- 元和3年(1617年)、貞泰が伊予国大洲に転封、米子は池田氏の所領となったため、米子藩は廃藩となり鳥取藩の支城となる。
- 築城:応仁元年(1467年)頃
- 廃城:明治4年(1871年)
- 築城主:山名宗之?
- 構造:平山城・梯郭式
- 主な城主:山名氏、尼子氏、吉川氏、中村氏、加藤氏、池田氏
史跡情報
地図 |
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【場所】 鳥取県米子市久米町 【付近の史跡】
[ 西・約15km ] 月山富田城
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主な施設 |
石垣 |
利用時間 |
常時 |
定休日 |
無休 |
料金 |
無料 |
交通 |
【電車】 ・JR「米子」駅から約1km 【マイカー】 ・山陰自動車道「米子中IC」から約2Km ・駐車場あり |