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聚楽城鵲橋旧蹟

聚楽城鵲橋旧蹟 京都
聚楽城鵲橋旧蹟

豊臣秀吉が関白として政務を執った聚楽第(じゅらくてい・じゅらくだい)の跡地。

歴史・概略

  • 築城:天正14年(1586年)
  • 廃城:文禄4年(1595年)
  • 築城主:豊臣秀吉
  • 構造:平城
  • 主な城主:豊臣秀吉・豊臣秀次
  • この場所は南二ノ丸の南東部分にあたり、濠には鵲橋(かささぎばし)が架かっていたとされている。
  • 聚楽第は天正15年(1587年)、関白となった秀吉がかつての平安京の内裏跡に築城した邸宅で、その後大阪城より居を移し本拠地とした。秀吉は甥の秀次に関白職を譲り秀次は聚楽第の城主となったが、秀吉に謀反の疑いをかけられ切腹、城は竣工からわずか8年という短い期間で破却された。

見どころ・おすすめ

  • 現在、目に見える聚楽第の遺構はほとんど残っていないが、周辺には聚楽第跡や武家屋敷跡などがかなり広範囲に存在し石碑も立てられているので、これらを巡ってみるのがおすすめ。
  • 大名に関する名前が町名に残っている場所も多く、これらを辿るのも面白い。

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施設データ

地図
住所:京都府京都市上京区松屋町通出水上る
聚楽城鵲橋旧蹟

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主な施設
石碑のみ
利用時間
常時
定休日
無休
料金
無料
交通
【電車】
・地下鉄「二条城前」駅から約1.4Km
・JR「二条」駅から約1.6Km

【バス】
・市バス「丸太町智恵光院」「堀川下立売」「堀川下長者町」バス停

【マイカー】
・名神高速「京都南IC」から約8Km

コメント

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