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黒田如水邸跡

黒田如水邸跡 京都
黒田如水邸跡

豊臣政権時代、京都聚楽第付近に設けた黒田官兵衛(如水)の屋敷があった場所。

歴史・概略

  • 聚楽第は関白となった豊臣秀吉が、天正15年(1587年)に京都に築城した政庁兼邸宅で、周辺には秀吉配下の大名屋敷が立ち並んでいた。
  • 黒田官兵衛は秀吉が信長配下として中国攻めを行っていた頃より仕える側近のひとり。「本能寺の変」が起こった際もすぐに京へ上り光秀を討つよう秀吉に進言したとされ、これによって秀吉の天下への道が開けたと言われている。
  • この町の名前は如水町、隣は官兵衛の旧姓に因んだ小寺町となっている。

見どころ・おすすめ

  • 現在、目に見える聚楽第の遺構はほとんど残っていないが、周辺には聚楽第跡や武家屋敷跡などがかなり広範囲に存在し石碑も立てられているので、これらを巡ってみるのがおすすめ。
  • 大名に関する名前が町名に残っている場所も多く、これらを辿るのも面白い。

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施設データ

地図
住所:京都府京都市上京区一条通猪熊西入る
黒田如水邸跡

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主な施設
石碑のみ
利用時間
常時
定休日
無休
料金
無料
交通
【電車】
・地下鉄「今出川」駅から約1.1Km

【バス】
・市バス「一条戻橋・晴明神社前」バス停

【マイカー】
・名神高速「京都南IC」から約9Km

コメント

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