木曾義仲

久寿元年(1154年)~寿永3年(1184年)
平安時代末期の武将。幼名は駒王丸。源義仲、旭将軍とも。源義賢の二男。側室に巴御前など。大蔵合戦の対立により義仲は幼いころ信濃国木曽谷へ逃れた。その後、以仁王の平家打倒の令旨に呼応して挙兵、平氏との戦いに勝利して京都に入ったが、朝廷や源頼朝などと敵対し、最後は源義経、源範頼らと戦い討死した。

京跡・宮跡

法住寺殿蹟

平安時代末期、後白河上皇が拠点とした御所跡。 歴史・概略 この地には平安時代中期の公卿・藤原為光によって創建された法住寺があったが、長元5年(10...
古戦場

矢立(倶利伽羅峠の戦い)

寿永2年(1183年)、打倒平家に燃える木曽義仲率いる源氏軍と、平維盛率いる平家軍が戦った「倶利伽羅峠の戦い」において、義仲軍が最前線としていた地。 歴史...
寺社

旗挙八幡宮(木曽義仲)

「治承・寿永の乱(源平合戦)」において木曽義仲が挙兵した際、平家打倒の祈願をしたという神社。以後、「旗挙八幡宮(はたあげはちまんぐう)」と呼ばれるようになった。...
寺社

埴生護国八幡宮(倶利伽羅峠の戦い)

埴生護国八幡宮(はにゅうごこくはちまんぐう)は、奈良時代の創建と伝えられる八幡宮。社殿は安土桃山時代から江戸時代初期にかけて作られた建物で、国の重要文化財となっ...
古戦場

源平倶利伽羅合戦・本陣(倶利伽羅峠の戦い)

石川県と富山県の県境の山中、源平合戦のひとつ「倶利伽羅峠の戦い」において、平家軍が本陣をおいたとされる場所。 歴史・概略 信濃国木曽において平家打...
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