源為義 | 場所と地図 – 歴史のあと

源為義

永長元年(1096年)~保元元年(1156年)
平安時代後期の武将。清和源氏の源義親の四男。子に義朝など。他に六条判官とも。「保元の乱」で崇徳上皇側につき敗者となって、後白河天皇側に付いた子の義朝の手によって斬首された。

京跡・宮跡

白河北殿跡

平安時代後期に使用された白河上皇の院御所跡。後の「保元の乱」の戦闘が起こった場所のひとつ。 歴史・概略 白河天皇(しらかわてんのう)は平安時代後期の天皇で...
寺社

若宮八幡宮(河内源氏屋敷)

平安時代、河内源氏累代の邸宅として使われた六条堀川館跡。 歴史・概略 平安時代中期の武将で河内源氏の棟梁・源頼義(みなもとよりよし)が屋敷を構えたことに始...
墓・慰霊碑

六条判官源為義公塚

平安時代末期、皇位継承問題によって引き起こされた「保元の乱」に敗れて処刑された源為義の墓。 歴史・概略 源為義(みなもと・ためよし)は、河内国を本拠地とし...
邸宅・住居跡

左女牛井之跡(河内源氏屋敷)

京の名水のひとつ左女牛井の跡。平安時代に活躍した武将源頼義や源義家ら河内源氏の屋敷跡とされる。 歴史・概略 左女牛井(さめがい)は平安時代より京の名水とし...
城跡

船岡山城跡

京都府京都市にあった山城。船崗山城、山名城とも呼ばれる。 歴史・概略 築城:応仁元年(1467年) 廃城:応仁2年(1468年) 築城主:大内政弘 ...