細川忠興 | 場所と地図 – 歴史のあと

細川忠興

永禄6年(1563年)~正保2年(1646年)
山城出身の戦国武将。細川藤孝(幽斎)の嫡男。妻は明智光秀の娘・珠(ガラシャ)。初代豊前小倉藩藩主。丹後宮津城主、豊前小倉城主。父・藤孝とともに織田家に仕え、「本能寺の変」以降は羽柴秀吉に従って豊臣政権を支えた。「関ヶ原の戦い」では徳川家康率いる東軍側として戦って、戦後丹後から豊前に加増転封された。

古戦場

関ケ原古戦場

慶長5年9月15日(1600年10月21日)、岐阜県関ケ原町で行われた天下分け目の戦い。日本史上最大規模の戦闘となった中心地。 歴史・概略 豊臣秀吉の死後...
城跡

小田原城

神奈川県小田原市にあった城。江戸時代の小田原藩の藩庁。 歴史・概略 戦国時代、相模に進出してきた大森氏によって築城され、その後、後北条氏の祖となる伊勢盛時(北...
城跡

中津城

大分県中津市にあった城。 築城の名手といわれた黒田如水が築城した城として知られ、江戸時代には中津藩の藩庁が置かれた。中津川城、扇城、小犬丸城、丸山城とも呼ばれる...
城跡

小倉城

福岡県北九州市にあった城。江戸時代の小倉藩藩庁。 歴史・概略 いつ頃築城されたかは不明であるが、鎌倉時代にはすでに存在していたとされる。その後豊臣秀吉によ...
城跡

勝龍寺城跡

京都府長岡京市にあった城。小竜寺城とも呼ばれる。 戦国時代には細川氏の城となり、明智光秀の娘たま(後のガラシャ夫人)が輿入れし、暮らした城として知られる。 歴...
城跡

勝龍寺城土塁 空堀跡

勝龍寺城は室町時代から江戸時代初期にかけて京都府長岡京市にあった城。 勝竜寺城・小竜寺城などの字もあてられる。 歴史・概略 延元4年/暦応2年(1339年...
城跡

田辺城

京都府舞鶴市にあった城。舞鶴城とも呼ばれる。 歴史・概略 天正7年(1579年)、丹後を領有した細川藤孝(幽斎)によって築城、その際に地名を田辺と改めた。...
邸宅・住居跡

越中井(細川忠興邸跡・ガラシャ最後の地)

現在の大阪城より南へ数百メートルの場所、かつて細川忠興(越中守)邸がこの付近にあった。越中井はその屋敷の台所にあった井戸と伝えられる。 歴史・概略 細川忠...