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大炊御門万里小路殿址

大炊御門万里小路殿址碑 京跡・宮跡
大炊御門万里小路殿址碑

平安時代から鎌倉時代にかけて使われた公卿の邸宅跡、および御所跡。

歴史・概略

  • 平安時代中期、但馬守・源高房がこの場所で邸宅を営む。屋敷が大炊御門大路(おおいのみかどおおじ)・万里小路(までのこうじ)・冷泉小路(れいぜいこうじ)にあったことから大炊御門万里小路殿(おおいのみかどまでのこうじどの)、または冷泉万里小路殿(れいぜいまでのこうじどの)と呼ばれる。
  • 延久5年(1073年)、後三条天皇が病により当屋敷に移り、そのまま崩御した。
  • 平安時代後期、公卿・源能俊の屋敷となり、白河上皇が仮の御所とした。
  • 鎌倉時代には、後嵯峨上皇が領し、そのあと亀山天皇後宇多天皇へと継承され大覚寺統の里内裏として使われた。
  • 大炊御門万里小路殿は火災によってたびたび焼失、再建を繰り返したが、元応元年(1319年)の焼失を最後に再建がされなかった。

見どころ・おすすめ

  • 石碑のみで特に有名な史跡ということもない。京都御苑のついでに足を運ぶくらいでいいと思う。
  • 同時代に使われた御所として二條富小路内裏址がこの南にある。

施設データ

地図
住所:京都府京都市中京区大炊町
大炊御門万里小路殿址

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主な施設
石碑のみ
利用時間
常時
定休日
無休
料金
無料
交通
【電車】
・地下鉄「丸太町」駅から約0.6Km
・京阪電車「神宮丸太町」駅から約0.9Km
・阪急電車「河原町」駅から約1.6Km

【バス】
・市バス「裁判所前」「河原町丸太町」「烏丸二条」バス停
・京都バス「河原町丸太町」「京都市役所前[一之船入町]」「烏丸二条」バス停

【マイカー】
・名神高速「京都南IC」から約9Km

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