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山名宗全邸跡

山名宗全邸跡 京都
山名宗全邸跡

京都の街を戦乱に巻き込んだ「応仁の乱」で西軍の総大将となった山名宗全が構えていた邸宅跡。

歴史・概略

  • 室町時代中期、管領家畠山氏の後継争いに端を発して戦闘が発生した。政権内で勢力を拡大しようと山名宗全は中立の約束破り畠山義就に協力、それに畠山政長を推す細川勝元が反発し戦局が拡大した。
    さらに足利8代将軍義政の後継を弟の義視(よしみ)としていたところに義政の子・義尚が生まれたこと、斯波氏の後継争いなどが複雑に絡み合い、後に「応仁の乱」と呼ばれる10年に及ぶ大乱へと発展した。
  • 勝元は将軍邸である花の御所に陣を張り、宗全は自身の邸宅に陣を敷いて対立した。東軍西軍の呼び名はこのときの配置によるもので、宗全邸周辺が西陣と呼ばれるのはその名残である。京都中心部を戦場とした長い戦乱で京都の町は焦土と化し、戦国時代の幕開けとなった。

見どころ・おすすめ

施設データ

地図
住所:京都府京都市上京区堀川通上立売下る
山名宗全邸跡

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主な施設
石碑のみ
利用時間
常時
定休日
無休
料金
無料
交通
【電車】
・地下鉄「今出川」駅から約0.9Km

【バス】
・市バス「堀川上立売」バス停

【マイカー】
・名神高速「京都南IC」から約9Km

コメント

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