山形県山形市にあった戦国時代から江戸時代初期にかけての山城。
歴史・概略
- 築城年は不明であるが山形城を本拠とする最上氏の支城のひとつとして築いたとされ、伊達氏が長谷堂を落としたとの記録がある。
- 「関ケ原の戦い」の際には西軍の上杉景勝の領国である置賜地方と庄内地方から最上領へ侵攻、大将の直江兼続は支城を次々に落とし長谷堂城でも激しい攻防が行われた。しかし関ケ原で西軍敗北の報せが届き上杉軍は撤退、この撤退戦で多くの犠牲者を出した。
- この後は坂氏が入城したが、元和8年(1622年)の最上氏の改易(最上騒動)によって廃城となった。
- 築城:1500年頃か
- 廃城:元和8年(1622年)
- 築城主:最上氏
- 構造:連郭式・山城
- 主な城主: 最上氏・志村氏・坂氏
史跡情報
地図 |
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【場所】 山形県山形市長谷堂 【付近の史跡】
[ 北東・約7km ] 霞城公園(山形城跡)
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主な施設 |
曲輪跡・堀跡・土塁跡 |
利用時間 |
常時 |
定休日 |
無休 |
料金 |
無料 |
交通 |
【電車】 ・JR「蔵王」駅から約4Km 【バス】 ・山交バス「西向」「川原」「長谷堂南」バス停 【マイカー】 ・東北中央自動車道「山形上山IC」から約7Km ・駐車場あり |