源義朝

保安4年(1123年)~平治2年(1160年)
平安時代末期の武将。源為義の長男。妻に由良御前、常盤御前、子に頼朝、義経など。「保元の乱」では後白河天皇側に付き平清盛らとともに戦功を挙げた。しかし、3年後の「平治の乱」では藤原信頼側に付き清盛らと敵対、敗走の途中で命を落とした。これによって頼朝は伊豆へ配流となった。

その他遺跡

源義経産湯井ノ遺跡

牛若丸(後の源義経)が産まれた際の産湯に使われたとされる井戸跡。 この付近には義経の父・義朝の別邸があったとされ、義経は平治元年(1159年)にこの屋敷...
その他遺跡

牛若丸誕生井・胞衣塚

牛若丸(後の源義経)が誕生したとされる屋敷跡。 この付近には義経の父・義朝の別邸があったとされ、平治元年(1159年)、義経は常盤御前によってこの屋敷内...
京跡・宮跡

高松殿跡

平安時代、歴代上皇が院御所とした邸宅跡。 平安時代初期、醍醐天皇の皇子・源高明(みなもとのたかあきら)が邸宅としたことに始まり、白河上皇、鳥羽上皇が院御...
京都

若宮八幡宮

平安時代、源氏累代の邸宅として使われた六条堀川館跡。 平安時代中期の武将・源頼義が屋敷を構えたことに始まり、以後源氏の本拠地となった。その頼義の子で「前...
京都

左女牛井之跡

左女牛井(さめがい)は平安時代より京の名水として知られ、村田珠光や千利休なども愛用したとされるが、昭和になって堀河通りの拡張により消滅した。今はその跡を示す石碑...
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