江戸時代始め、江戸幕府が行ったキリシタン弾圧によって多くの信者が処刑された場所。
歴史・概略
- 京都鴨川の六条河原と呼ばれた付近は、古くより刑場として利用され多くの者たちの処刑が行われた場所である。
- 江戸時代になるとキリシタンに対する締め付けが次第に厳しくなり、二代将軍徳川秀忠は獄中の信者たちを市中引き回しの上、六条河原まで運んで火あぶりで処刑した。
これによって子供を含む52名もの信者が殉教した。
史跡情報
地図 |
---|
【場所】 京都府京都市東山区川端通正面上る 【付近の史跡】
[ 東・約0.2km ] 耳塚(文禄・慶長の役)
[ 北・約0.3km ] 源融河原院跡
[ 東・約0.4km ] 方広寺(京の大仏)
[ 東・約0.5km ] 大仏殿跡緑地公園(京の大仏)
[ 南東・約0.6km ] 三十三間堂(蓮華王院)
|
主な施設 |
石碑のみ |
利用時間 |
常時 |
定休日 |
無休 |
料金 |
無料 |
交通 |
【電車】 ・京阪電車「七条」駅から約0.2Km 【バス】 ・市バス「七条京阪前」「五条京阪前」バス停 【マイカー】 ・名神高速道路「京都南IC」から約6Km |