江戸時代

邸宅・住居跡

肥前鹿島鍋島藩屋敷跡(京都)

江戸時代、京都の街中に置かれた佐賀藩の支藩のひとつ鹿島藩屋敷跡。歴史・概略鹿島藩(かしまはん)は九州北部の肥前国を治めた佐賀藩にあった3つの支...
邸宅・住居跡

佐賀鍋島藩屋敷跡(京都)

江戸時代、京都の街中に置かれた佐賀藩の屋敷跡。歴史・概略佐賀藩(さがはん)は九州北部の肥前国(現在の佐賀県・長崎県)にあった約35万石の外様藩...
城跡

勝龍寺城土塁 空堀跡

勝龍寺城は室町時代から江戸時代初期にかけて京都府長岡京市にあった城。 勝竜寺城・小竜寺城などの字もあてられる。歴史・概略読み:しょうりゅう...
邸宅・住居跡

佐賀鍋島藩屋敷跡(京都)

江戸時代幕末期の京都に置かれた佐賀藩屋敷跡。歴史・概略佐賀藩(さがはん)は九州北部、肥前の佐賀郡などを領した藩で、藩庁は佐賀城。江戸時代初期の...
邸宅・住居跡

唐津小笠原藩邸跡

江戸時代幕末期の京都に置かれていた唐津藩藩邸跡。歴史・概略唐津藩(からつはん)は九州の北西、肥前国唐津(現在の福岡県唐津市周辺)を領した藩で、...
城跡

唐津城

佐賀県唐津市にあった城。江戸時代の唐津藩藩庁。他に舞鶴城とも呼ばれる。歴史・概略築城:慶長13年(1608年) 廃城:明治4年(1871年...
邸宅・住居跡

聚楽城 加藤清正邸跡・応仁の乱 洛中合戦 勃発地・源頼光 一条邸跡・福岡藩邸跡・近衛邸跡

豊臣秀吉が天下を掌握した当時、京都に築いた聚楽第において加藤清正屋敷があったとされる場所。 この他にもいろんな時代の屋敷跡や戦跡として記録されている。...
寺社

圓徳院(北政所隠棲地)

京都市東山にある臨済宗寺院。豊臣秀吉の正室・おね(北政所・高台院)が秀吉の没後19年間を過ごした地であり、終焉の地とされる。歴史・概略慶長3年...
邸宅・住居跡

花山院邸跡(京都御苑)

平安時代から明治に至るまで存在した藤原氏の邸宅跡、および御所跡。歴史・概略平安時代中期、清和天皇皇子・貞保親王(870年~924年)が邸宅を構...
城跡

勝龍寺城本丸跡

江戸時代初期、山城長岡藩の陣屋がおかれた場所。歴史・概略勝龍寺城(しょうりゅうじじょう)の始まりについて確かなことは不明であるが、山城守護の畠...
邸宅・住居跡

茶屋四郎次郎屋敷跡

江戸時代の京都の豪商・茶屋四郎次郎の屋敷跡。歴史・概略茶屋家は、朱印船貿易や大堰川や高瀬川の舟運を行った角倉家、大判の鋳造を行った後藤四郎兵衛...
寺社

大仏殿跡緑地公園(京の大仏)

豊臣秀吉が造営した「京の大仏」の大仏殿跡。歴史・概略天正14年(1586年)、天下人となった豊臣秀吉は、奈良の大仏に倣って京に大仏の造立を始め...
邸宅・住居跡

縣井(京都御苑)

京の名水のひとつ縣井と呼ばれる井戸跡。五摂家のひとつ一條邸跡。歴史・概略縣井(あがたい)は染殿井(そめどのい)・左女牛井(さめがい)とともに「...
邸宅・住居跡

西郷頼母邸跡

江戸時代末期の会津藩家老・西郷頼母(さいごうたのも)の屋敷跡。歴史・概略西郷家は代々会津藩家老を務める家柄で、頼母が家督を継いだ後、藩主の松平...
城跡

桑名城

三重県桑名市にあった城。江戸時代の桑名藩藩庁。他に扇城、旭城とも呼ばれる。歴史・概略築城:慶長6年(1601年) 廃城:明治6年(1873...
邸宅・住居跡

茶屋四郎次郎邸址

京都の豪商・茶屋四郎次郎の屋敷跡。歴史・概略朱印船貿易や大堰川、高瀬川の舟運を行った角倉家、大判の鋳造を行った後藤四郎兵衛家などとともに「京の...
発祥・始まり

八ッ橋発祥之地(京都熊野神社)

京都の名物和菓子・八ツ橋が生まれた地。歴史・概略元禄二年(1689年)、黒谷(金戒光明寺常光院)に眠る江戸時代の筝曲者・八橋検校(やつはし・け...
寺社

慶長天主堂跡

江戸時代初期、京都にあったキリスト教の天主堂跡。歴史・概略キリスト教は、戦国時代末期に日本に伝来して以来、織田信長の庇護のもと、布教によって多...
発祥・始まり

囲碁「本因坊」発祥の地

囲碁棋士の家元のひとつ本因坊家初代・日海が住職を務めた寂光寺の跡。歴史・概略日海は安土桃山時代から江戸時代初期にかけての僧侶で、囲碁棋士として...
邸宅・住居跡

本居宣長先生修学之地

江戸時代の国学者・本居宣長の修学地跡。歴史・概略本居宣長(もとおり・のりなが)は江戸時代中期の国学者で、古事記や源氏物語を研究し、その成果や様...
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