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三十三間堂(蓮華王院)

三十三間堂 寺社
三十三間堂

平安時代末期、後白河上皇によって創建された寺院。現在では新成人が袴姿で矢を射る「通し矢」が行われる場所としてよく知られている。

歴史・概略

  • この地には後白河上皇が離宮としていた法住寺殿があり、当時権力を握っていた平清盛の資金協力によって、その邸内に建てられたのが蓮華王院(れんげおういん)である。
    創建時には五重塔など多くの伽藍が整備されたが、その後の火災によって焼失した。現在みられる三十三間堂の建物は鎌倉時代に再建されたもので、国宝に指定されている。
  • 長い本堂内には1000体以上の仏像が納められており、一部は創建当時の仏像が残っている。実はこれと同じような堂(得長寿院)は白河にも建てられており、約30年前清盛の父・平忠盛によって建立された。清盛がこの堂をモデルに三十三間堂を建てたものとみられている。
  • 堂の名の由来は、堂の柱間が33あるところからきており、これは観音菩薩の33の化身を意味している。
  • 長寛2年(1165年)、三十三間堂が完成。
  • 建長元年(1249年)、「建長の大火」により伽藍を焼失。
  • 文永3年(1266年)、本堂のみ再建。
  • 安土桃山時代、この北側に豊臣秀吉によって方広寺が建立され、三十三間堂も方広寺の伽藍の一部に組み込まれた。その際、秀吉や息子の秀頼によって整備が行われ、そのとき整備された壁や門は今も残っている。

見どころ・おすすめ

  • 本堂(三十三間堂)-国宝。約1000体の仏像が納められている。
  • 太閤塀-重要文化財。豊臣秀吉が方広寺の整備に伴って造られた築地塀。
  • 南大門-重要文化財。豊臣秀頼によって整備された門。以前は同時期に整備された西大門もあったが、こちらは東寺に移築された。
  • この周辺には後白河上皇ゆかりの法住寺殿跡後白河天皇法住寺陵のほか、かつて境内として組み込まれた方広寺などがある。

施設データ

地図
住所:京都府京都市東山区三十三間堂廻リ

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主な施設
本堂・南大門・築地塀
利用時間
4月~11月15日 8:00 ~ 17:00
11月16日~3月 9:00 ~ 16:00
定休日
無休
料金
大人600円・中高生400円・子供300円
交通
【電車】
・京阪「七条」駅から約0.5Km
・JR「東福寺」駅から約1.1Km

【バス】
・市バス「博物館三十三間堂前」バス停

【マイカー】
・名神高速「京都南IC」から約6Km
・駐車場あり
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