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大塩平八郎終焉の地

大塩平八郎終焉の地碑 事件

「大塩平八郎の乱」を起こした大塩平八郎が潜伏の末に終焉を迎えた地。

  • 大塩家は代々大坂東町奉行組与力の家であり、平八郎の与力の頃には汚職を暴くなどし市民からの尊敬を集めていたと言われる。
  • この頃、天保の大飢饉による影響が各地に広がり大阪でも深刻な米不足に陥り、平八郎は奉行所に庶民の救済を訴えた。しかし奉行所はこれを無視、さらに商家では買い占めを行うなのどの状況に平八郎の怒りが爆発、天保8年2月19日(1837年3月25日)武装蜂起に至った。
  • 乱は密告により鎮圧され、平八郎は靱油掛町の商家美吉屋五郎兵衛宅に潜伏、乱のおよそ1月後役人に取り囲まれ自決した。

施設データ

地図
住所:大阪府大阪市西区靱本町
大塩平八郎終焉の地

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主な施設
石碑のみ
利用時間
常時
定休日
無休
料金
無料
交通
【電車】
・大阪地下鉄「本町」駅から約0.2Km

【バス】
・大阪シティバス「靱本町一丁目」「信濃橋」バス停

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