京都府京都市にあった室町時代後期の山城。
歴史・概略
- 天文18年(1549年)、「江口の戦い」で三好長慶に敗れ京都を追われた12代将軍・足利義晴と、管領・細川晴元が京都奪還のため、京都東山の如意ヶ嶽中腹に築城した城。
- 天文19年(1550年)、義晴が死去。義晴の子で打倒長慶を受け継ぐ13代将軍・足利義輝が中尾城に入城、ここを拠点に上洛してきた三好軍と京都各地で戦闘を起こした。
- しかし、三好軍が近江へと進出し始めたため、背後を脅かされた義輝は中尾城を撤退、その後入ってきた三好軍によって破却された。
- 京都東山は京都市街地の東側にある山で、京都を本拠とする足利将軍家の詰めの城として、たびたび利用された。中尾城のほか将軍山城・如意ヶ嶽城・霊山城などが建てられ、戦場となった。
見どころ・おすすめ
- 銀閣寺から大文字山(如意ヶ嶽)に登る登山道から別のルートへ進む。メインルートから外れていて、道がやや荒れているので注意が必要。
- 城跡はほとんど野放し状態。逆に言うと廃城後の状態がそのまま残されていて、曲輪や土塁、土橋などが割と分かりやすい状態で残っている。
- 銀閣寺から登ると手前のピーク(中尾城の北西)が大山出城で、ここにも曲輪跡や土塁跡などが残されている。
史跡情報
地図 |
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【場所】 京都府京都市左京区浄土寺打越町 【付近の史跡】
[ 西・約0.6km ] 銀閣寺(足利義政東山殿)
[ 南・約1km ] 俊寛僧都鹿谷山荘跡
[ 南西・約1.1km ] 冷泉天皇 櫻本陵
[ 南東・約1.1km ] 如意ヶ嶽城跡
[ 北・約1.3km ] 将軍山城跡
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主な施設 |
曲輪・土塁・堀切 |
利用時間 |
常時 |
定休日 |
無休 |
料金 |
無料 |
交通 |
【電車】 ・京阪電車「出町柳」駅から(麓まで)約2Km ・叡山電鉄「出町柳」駅から(麓まで)約2Km 【バス】 ・市バス「銀閣寺前」バス停 【マイカー】 ・名神高速「京都東IC」から(麓まで)約7Km |