豊臣秀吉が築いた京都の街を取り囲んでいた土塁跡。
歴史・概略
- 御土居(おどい)は『応仁の乱』から続く長きに渡る戦乱によって荒廃した京都の街の都市整備の一環として作られ、その目的は街全体の防衛と洪水対策のためとされる。京都の中心部を東西に約3.5キロ、南北に約8.5キロの範囲を取り囲んでおり総延長は約23キロに及んだ。
- この土塁の内側を洛中、外側を洛外と呼び、街道に通ずる場所を口と呼んだ。鞍馬口、丹波口などの地名は当時の名残である。
史跡情報
地図 |
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【場所】 京都府京都市北区鷹峯旧土居町 【付近の史跡】
[ 南・約0.5km ] 御土居(鷹ヶ峯南・豊臣秀吉)
[ 東・約0.5km ] 御土居(大宮土居町・豊臣秀吉)
[ 東・約0.8km ] 牛若丸誕生井・胞衣塚
[ 東・約1km ] 源義経産湯井ノ遺跡
[ 南西・約1.3km ] 金閣寺(足利義満北山第)
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主な施設 |
土塁 |
利用時間 |
常時 |
定休日 |
無休 |
料金 |
無料 |
交通 |
【バス】 ・市バス「土天井町」「鷹峯上ノ町」バス停 【マイカー】 ・名神高速道路「京都南IC」から約12Km |