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佐久間象山寓居址

佐久間象山寓居址邸宅・住居跡
佐久間象山寓居址

幕末の思想家・佐久間象山の京都における寓居跡

歴史・概略

  • 佐久間象山(さくま・しょうざん)は、文化8年(1811年)に信濃松代藩士・佐久間国善の長男に生まれ、幼少の頃より勉学に励んだ兵学者であり思想家でもある。名は国忠(くにただ)または啓(ひらき)で、後に象山を号した。
  • 父の国善が亡くなった後は、江戸に出て学問に励んだ。韮山反射炉や品川台場を築造したことで知られる江川英龍の下で兵学を学んだ後、藩主の真田幸貫に「海防八策」を上書したり、大砲を鋳造するなどし名声を高めていった。
  • 吉田松陰のペリー艦隊密航事件により失脚するが、元治元年(1864年)、一橋慶喜(徳川慶喜)の招きに応じて上京、慶喜に自説を説いた。
    しかし同じ年の7月11日(8月12日)、山階宮家からの帰り道、象山の考えを「西洋かぶれ」として敵対視する尊王攘夷派の手にかかって暗殺された。実行犯は河上彦斎前田伊右衛門ら強硬派。享年54。
  • 象山の門弟の中には吉田松陰勝海舟河井継之助橋本左内坂本龍馬など、後の歴史に名を刻む人材が数多くいた。

見どころ・おすすめ

施設データ

地図
住所:京都府京都市中京区木屋町通御池下る

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主な施設
石碑のみ
利用時間
常時
定休日
無休
料金
無料
交通
【電車】
・京阪電車「三条」駅0.3Km
・地下鉄「京都市役所前」駅から約0.3Km

【バス】
・市バス「河原町三条」「三条京阪前」「河原町御池」バス停

【マイカー】
・名神高速道路「京都東IC」から約7Km

コメント

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