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豊臣秀次公一族終焉之地(瑞泉寺)

瑞泉寺 京都
瑞泉寺

京都木屋町にある浄土宗西山禅林寺派の寺。

歴史・概略

  • 豊臣秀吉より関白の位を譲られた甥の秀次が謀反を疑われ高野山で切腹、秀次の首は三条河原にさらされた。さらには秀次の妻子・側室・侍女など30人以上が処刑されたという。遺体は穴に埋められそこには塚が築かれたが、川の氾濫などによって次第に荒れていったという。
  • 江戸時代の初め、豪商の角倉了以が行った高瀬川の工事の際、三条河原の中州であったこの地で秀次の墓石を発見、了以は秀次一族の菩提を弔うため寺を建て供養した。
  • 幕末、アメリカをはじめとした列強との交渉に尽力した岩瀬忠震(いわせただなり)が滞在した。将軍継承問題で慶喜擁立派であった彼のもとを福井藩士の橋本左内が訪れ慶喜擁立について意見を交わしたという。

見どころ・おすすめ

  • 木屋町周辺は幕末の志士たちの活動の場として、寓居跡や事件現場となった場所が数多くあるので、まとめて回れる。

施設データ

地図
住所:京都府京都市中京区木屋町通三条下る
豊臣秀次公一族終焉之地(瑞泉寺)

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主な施設
秀次公の墓・秀次一族の供養塔・豊臣秀次公一族終焉之地碑・岩瀬忠震宿所跡碑・橋本左内訪問之地碑
利用時間
7:00 ~ 17:00
定休日
無休
料金
無料
交通
【電車】
・京阪電車「三条」駅から約0.2Km
・地下鉄「三条京阪」駅から約0.3Km

【バス】
・市バス「河原町三条」「三条京阪前」バス停

【マイカー】
・名神高速「京都東IC」から約7Km

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