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久米川古戦場跡(元弘の乱)

久米川古戦場跡碑古戦場
久米川古戦場跡碑

鎌倉時代末期、鎌倉幕府の軍勢と新田義貞を中心とした倒幕勢力が戦った「久米川の戦い」が起こった場所

歴史・概略

  • 「久米川の戦い(くめがわのたたかい)」とは、鎌倉時代末期後醍醐天皇が起こした倒幕の内乱「元弘の乱(げんこうのらん)」における戦闘のひとつ。
  • 元弘3年(1333年)5月8日、上野国で新田義貞(にった・よしさだ)が倒幕の兵を挙げ、幕府の本拠である鎌倉へ向け南進した。11日に倒幕軍を迎え撃つためやってきた幕府軍と武蔵国小手指原(こてさしはら)において衝突し、幕府軍は久米川まで退いた。
  • 翌12日、倒幕軍が久米川にいた幕府軍を攻撃、戦いは新田軍優勢で進み、幕府軍は分倍河原までさらに退却した。この後倒幕軍は鎌倉へと進軍し、最終的に北条氏を滅ぼし幕府を倒した。
  • <鎌倉幕府滅亡に至る新田義貞の主な戦い>
    5月5日または8日 挙兵
    5月11日 小手指原の戦い
    5月12日 久米川の戦い
    5月15日 分倍河原の戦い
    5月16日 関戸の戦い
    5月18日 鎌倉の戦い
    5月22日 鎌倉幕府滅亡

見どころ・おすすめ

  • このすぐ後ろの山が義貞が陣を張ったと言われる八国山で、将軍塚がある。
  • 北西5Kmほどの場所に小手指原古戦場があるので、そちらも一緒に回るといい。

施設データ

地図
住所:東京都東村山市諏訪町

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主な施設
石碑のみ
利用時間
常時
定休日
無休
料金
無料
交通
【電車】
・西武鉄道「東村山」駅から約1.6Km

【バス】
・東村山コミュニティバス「西宿公園」バス停
・西武バス「将軍塚」バス停

【マイカー】
・関越自動車道「所沢IC」から約9Km

コメント

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