大坂冬の陣 佐竹義宣本陣跡(若宮八幡大神宮) | 場所と地図 – 歴史のあと

大坂冬の陣 佐竹義宣本陣跡(若宮八幡大神宮)

大阪冬の陣 佐竹義宣本陣跡碑 古戦場
大阪冬の陣 佐竹義宣本陣跡碑
ジャンル:寺社/古戦場
史跡年代:江戸時代
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戦国最後の戦いとなった「大坂の陣」において、佐竹義宣が本陣とした場所。

歴史・概略

  • 大坂の陣は天下人となった徳川家康とその主筋である豊臣秀頼との間で慶長19年(1614年)11月 から慶長20年(1615年)5月にかけて行われた戦い。戦闘は大きく2回に分けられ、前半を「冬の陣」、後半を「夏の陣」と呼ぶ。
  • 家康は全国の大名に出陣を要請、出羽国久保田藩(秋田藩)藩主佐竹義宣(さたけ・よしのぶ)も大阪に参陣した。豊臣軍は大阪城周辺にいくつかの砦を構築しており、義宣は大阪城北東約2Kmの場所にある今福砦の攻略を命じられた。
  • 慶長19年(1614年)11月26日、夜明けとともに戦いの火ぶたが切られ、一旦は佐竹軍が砦の制圧に成功。しかし木村重成(きむら・しげなり)後藤基次(ごとう・もとつぐ)など豊臣軍の援軍到着により佐竹軍は後退、上杉景勝(うえすぎ・かげかつ)らの助けを借りてようやく豊臣軍を追い返した。一連の戦いは今福の戦いと呼ばれ、佐竹軍は多くの死傷者を出したという。
  • この戦いの際、義宣が本陣をおいたのが若宮八幡大神宮で、戦勝を祈願したと伝わっている。また戦後には当社に矢を奉納したが、残念ながら明治に発生した洪水によって流失してしまったという。
【冬の陣 おもな戦い】
  • 木津川口の戦い
  • 今福の戦い
  • 鴫野の戦い
  • 博労淵の戦い
  • 野田・福島の戦い
  • 真田丸の戦い

【夏の陣 おもな戦い】

見どころ・おすすめ

史跡情報

地図
【場所】
大阪府大阪市城東区蒲生
【付近の史跡】
[ 西・約2km ] 大阪城公園
[ 南西・約2km ] 石山本願寺推定地
主な施設
石碑のみ
利用時間
常時
定休日
無休
料金
無料
交通
【電車】
・地下鉄「蒲生四丁目」駅から約0.4Km
・JR「鴫野」駅から約0.8Km

【バス】
・大阪シティバス「若宮八幡大神宮」「地下鉄蒲生四丁目」バス停

【マイカー】
・阪神高速「森小路IC」から約3Km
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