幕末維新 | ページ 9 | 場所と地図 – 歴史のあと

幕末維新

城跡

鳥取城跡

鳥取県鳥取市にある城。羽柴秀吉の中国攻めにおいて、籠城戦を展開し多くの餓死者を出したことで知られる。 歴史・概略 築城:天文年間(1532年 ~ 1555...
城跡

霞城公園(山形城跡)

山形県山形市にあった城。東北の戦国武将・最上義光の居城として知られる。 歴史・概略 南北朝の1357年、南北朝時代の武将・斯波兼頼によって築城されたことに始ま...
邸宅・住居跡

薩摩藩邸跡(京都)

江戸時代後期に御所の北側に設けた薩摩藩邸跡(現・同志社大学)。 歴史・概略 文久2年(1862年)、それまで薩摩藩が使用していた錦小路藩邸が手狭であったこ...
その他遺跡

史跡高瀬川一之船入

江戸初期から大正時代にかけて利用された京都中心部木屋町を流れる高瀬川の船入跡。 歴史・概略 高瀬川は江戸時代初期、京都の豪商・角倉了以(すみのくらりょうい...
邸宅・住居跡

桂小五郎・幾松寓居跡

維新で活躍した桂小五郎が恋仲となった京都三本木の芸妓・幾松と幕末の動乱の中過ごした寓居跡。 歴史・概略 桂小五郎(かつら・こごろう)は、天保4年6月26日...
事件

兵部大輔大村益次郎公遺址

明治時代始め軍隊の構築に尽力した大村益次郎が襲撃された宿所跡。 歴史・概略 大村益次郎(おおむら・ますじろう)は、長州藩の医師の家に生まれ医学だけでなく兵...
事件

大村益次郎卿遭難之碑

幕末から明治初期にかけて活躍した大村益次郎が刺客に襲われたことを示す碑。 歴史・概略 大村益次郎(おおむら・ますじろう)は、文政7年(1824年)に長州藩...
事件

象山先生遭難碑

幕末の兵学者・佐久間象山が京都木屋町で刺客に襲われ命を落とした場所。 歴史・概略 佐久間象山(さくま・しょうざん)。ほかに修理(しゅり)・国忠(くにただ)...
邸宅・住居跡

佐久間象山寓居址

幕末の思想家・佐久間象山の京都における寓居跡。 歴史・概略 佐久間象山(さくま・しょうざん)は、文化8年(1811年)に信濃松代藩士・佐久間国善の長男に生...
邸宅・住居跡

武市瑞山先生寓居跡

土佐勤王党を結成した武市瑞山が京都滞在中に身を置いた場所。 歴史・概略 武市瑞山(たけち・ずいざん)は土佐藩郷士の家に生まれ、同じく土佐藩郷士であった坂本...
邸宅・住居跡

吉村寅太郎寓居址

幕末の尊王攘夷派の志士・吉村寅太郎が京都で身を寄せた場所。 歴史・概略 吉村寅太郎(よしむら・とらたろう)は天保8年(1837年)、土佐藩の庄屋の家に生ま...
城跡

萩城跡指月公園

山口県萩市にあった城。江戸時代、毛利氏を藩主とした萩藩(長州藩)の藩庁。 歴史・概略 戦国時代、中国の覇者となった毛利元就の嫡孫・毛利輝元は豊臣秀吉に仕え、中...
邸宅・住居跡

松下村塾

江戸時代末期、吉田松陰によって萩城下に開かれた私塾。 歴史・概略 吉田松陰(よしだ・しょういん)は長州藩士の杉家に生まれ、幼名を寅之助といった。後に叔父で...
邸宅・住居跡

お龍・中井弘 寓居跡

後の坂本龍馬の妻・お龍が独身のころ暮らしていた場所。また、明治時代に滋賀県知事や京都府知事に就任した中井弘が生活をしていた場所でもある。 歴史・概略 お龍...
邸宅・住居跡

土佐藩邸跡

江戸時代、雄藩である土佐藩が京都藩邸を置いていた場所。 歴史・概略 土佐藩は「関ケ原の戦い」以降、明治に至るまで山内氏が藩主を務め、幕末の頃には薩長土肥の...
寺社

豊臣秀次公一族終焉之地(瑞泉寺)

京都木屋町にある浄土宗西山禅林寺派の寺。 歴史・概略 豊臣秀吉より関白の位を譲られた甥の豊臣秀次が謀反を疑われ高野山で切腹、秀次の首は三条河原にさらされた...
事件

本間精一郎遭難之地

勤王の志士・本間精一郎が同志たちに襲われ亡くなった場所。 歴史・概略 本間精一郎(ほんま・せいいちろう)は天保5年(1834年)に越後の日本海側の町・寺泊...
邸宅・住居跡

古高俊太郎邸址

幕末の尊王攘夷派の志士・古高俊太郎が薪炭商を営んでいた枡屋があった場所。 歴史・概略 古高俊太郎(ふるたか・しゅんたろう)は、大津代官所の手代の子として近...
邸宅・住居跡

中岡慎太郎寓居之地

土佐藩御用達の菊屋があった場所。 土佐藩を脱藩した中岡慎太郎が、京都滞在中に身を置いていた場所。 歴史・概略 中岡慎太郎(なかおか・しんたろう)は、同じく...
邸宅・住居跡

坂本龍馬寓居趾(酢屋)

材木商を営んでいた酢屋は、坂本龍馬が京都滞在中の宿としていた場所で、海援隊の事務所としていた。 歴史・概略 坂本龍馬(さかもと・りょうま)は、土佐藩士の後...