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史跡櫻井駅跡

楠公父子訣別之所碑その他遺跡
楠公父子訣別之所碑

京都と西国を結ぶ西国街道に設置された駅(うまや)跡

歴史・概略

  • 駅とは、「大化の改新」以降に幹線道路上に馬などを配置した場所で、30里(約16Km)ごとに置かれた。続日本紀に記された「摂津国嶋上郡大原駅(せっつのくに しまがみのこおり おおはらのうまや)」が櫻井駅(さくらいのえき)を指すものとされている。
  • 建武2年11月(1336年1月)足利尊氏(あしかが・たかうじ)が建武政権を離脱したことを受け、「延元の乱」が勃発した。その後、南朝方が足利軍に勝利、しかし延元元年/建武3年5月(1336年6月)、九州で再起した足利軍が再び都に向け東進してきた。
    この足利軍を迎え討つため、西へと向かった南朝方の楠木正成(くすのき・まさしげ)は、ここ櫻井駅で嫡男の正行(まさつら)と別れたと太平記に記されている(「桜井の別れ」)。
    その後、正成は「湊川の戦い」で足利軍に敗れ討死、正行は後に南朝方の武将として活躍し北朝に対して兵を起こした。
  • 楠公父子子別れの石像

    公園内にある「楠公父子子別れの石像」(大阪府三島郡島本町)

施設データ

地図
住所:大阪府三島郡島本町桜井

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主な施設
楠公父子訣別之所碑・櫻井駅跡碑・楠公父子子別れの石像
利用時間
常時
定休日
無休
料金
無料
交通
【電車】
・JR「島本」駅から約0.1Km
・阪急電車「水無瀬」駅から約0.5Km

【マイカー】
・名神高速道路「大山崎IC」から約4Km

コメント

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