治承・寿永の乱

治承4年(1180年)~元暦2年(1185年)
じしょう・じゅえいのらん。源平合戦とも呼ばれる。平家打倒の挙兵から平家滅亡に至る内乱の総称。

古戦場

園城寺(三井寺)

滋賀県大津市にある天台寺門宗の総本山。正式名称は「長等山園城寺(ながらさんおんじょうじ)」で一般的には三井寺(みいでら)として知られる。 歴史・概略 ...
京都

平等院(藤原道長別邸)

京都府宇治市にある藤原氏ゆかりの仏教寺院。特に平安時代さながらの景観を見せる鳳凰堂は、10円玉やお札の図柄としても利用されるなど、京都を代表する観光スポットのひ...
京都

平重衡塚

源平合戦で平家軍を率いた武将のひとり平重衡の墓。 歴史・概略 平重衡(たいら・しげひら)は平氏政権を作り上げた平清盛の五男で、母は宗盛や知盛、徳子...
京都

西八条第跡(平家一族の邸宅跡)

平安時代末期、権力の座についた平家の頭領・平清盛が京に構えた邸宅跡。 歴史・概略 平氏政権が樹立するきっかけとなった「平治の乱(1159年)」の7...
その他遺跡

逆櫓の松(源義経・源平合戦)

「治承・寿永の乱」における評議で梶原景時と源義経が戦略を巡って争ったと言われる場所。 歴史・概略 「一ノ谷の戦い」の後、平家は讃岐国屋島を新たな拠...
京跡・宮跡

法住寺殿蹟

平安時代末期、後白河上皇が拠点とした御所跡。 歴史・概略 この地には平安時代中期の公卿・藤原為光によって創建された法住寺があったが、長元5年(10...
古戦場

文三堂(石橋山の戦い)

文三堂は石橋山合戦の際に平家方と戦って命を落とした文三家康を祀る。 歴史・概略 治承4年(1180年)、罪人として伊豆に配流の身となった源頼朝が平...
古戦場

与一塚(佐奈田霊社)

治承4年(1180年)、「治承・寿永の乱(源平合戦)」のひとつ石橋山合戦の際に平家方に討ち取られた佐奈田与一を祀る神社。 歴史・概略 以仁王(もち...
古戦場

巴塚・葵塚

源平合戦のひとつ「倶利伽羅峠の戦い」において、木曽義仲率いる源氏軍の一人としてともに戦った女武将・葵御前と巴御前の墓。 歴史・概略 葵御前(あおい...
古戦場

塔乃橋(倶利伽羅峠の戦い)

源氏の木曽義仲と平家の平維盛との間で行われた戦闘「倶利伽羅峠の戦い」が起こった際、平家軍の最前線となった場所。 歴史・概略 「倶利伽羅峠の戦い(く...
古戦場

矢立(倶利伽羅峠の戦い)

寿永2年(1183年)、打倒平家に燃える木曽義仲率いる源氏軍と、平維盛率いる平家軍が戦った「倶利伽羅峠の戦い」において、義仲軍が最前線としていた地。 歴史...
寺社

旗挙八幡宮(木曽義仲)

「治承・寿永の乱(源平合戦)」において木曽義仲が挙兵した際、平家打倒の祈願をしたという神社。以後、「旗挙八幡宮(はたあげはちまんぐう)」と呼ばれるようになった。...
富山

埴生護国八幡宮(倶利伽羅峠の戦い)

埴生護国八幡宮(はにゅうごこくはちまんぐう)は、奈良時代の創建と伝えられる八幡宮。社殿は安土桃山時代から江戸時代初期にかけて作られた建物で、国の重要文化財となっ...
古戦場

源平倶利伽羅合戦・本陣(倶利伽羅峠の戦い)

石川県と富山県の県境の山中、源平合戦のひとつ「倶利伽羅峠の戦い」において、平家軍が本陣をおいたとされる場所。 歴史・概略 信濃国木曽において平家打...
古戦場

東大寺

奈良県奈良市にある華厳宗の大本山。一般には「奈良の大仏」として知られる。 歴史・概略 神亀5年(728年)、聖武天皇(しょうむてんのう)が夭逝した...
寺社

頼朝・義経対面石

八幡神社の一角、平安時代末期に平家打倒の兵を挙げた兄・源頼朝と、それを聞きつけ奥州より駆け付けた弟・源義経が対面を果たした。このとき二人が腰かけたとされる対面石...
古戦場

富士川の戦い(平家越)

治承4年(1180年)に起きた「富士川の戦い」の際、源氏と平氏が対峙した辺りとされ、「平家越」と呼ばれる。 歴史・概略 遡ること二ヵ月前、平家によ...
古戦場

しとどの窟(真鶴)

治承4年(1180年)に勃発した「石橋山の戦い」において敗走した源頼朝が、平家の追撃から身を隠すために潜んだといわれる洞窟。 歴史・概略 この洞窟...
古戦場

しとどの窟(湯河原)

治承4年(1180年)に起こった「石橋山の戦い」において、平家軍に敗れた源頼朝が追撃から逃れるため、隠れ潜んだといわれる洞窟。 歴史・概略 「平治...
古戦場

石橋山古戦場(源平合戦)

「治承・寿永の乱」、いわゆる源平合戦と言われる戦いのひとつで「石橋山の戦い」が起きた場所。 歴史・概略 治承4年(1180年)、後白河法皇の皇子・...
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