スポンサーリンク

明智光秀首塚

明智光秀首塚 京都
明智光秀首塚

戦国時代末期、「山崎の戦い」に敗れたあとに落命した明智光秀の塚。

歴史・概略

  • 天正10年(1582年)6月2日、京都本能寺において明智光秀が主君の織田信長に対して謀反(本能寺の変)、信長・信忠父子を討ち取った。
  • それからわずか11日後の6月13日、変を聞きつけ備中高松城より羽柴秀吉軍が急行、摂津と山城の境にある山崎において明智軍と激突した。この戦いに敗れた光秀はわずかな兵とともに自身の居城である琵琶湖畔の坂本城へと向かうが、途中の小栗栖で落ち武者狩りに遭って落命した。光秀の首は家臣により隠されたという。
  • その後の捜索ですぐに発見された光秀の首は本能寺や粟田口にさらされた後、近くに埋められたという。
  • 江戸時代中期、蹴上の塚にあった石塔婆がこの地に移動され現在に至っている。

見どころ・おすすめ

  • 知恩院や青蓮院、南禅寺など、東山や岡崎あたりの散策に組み込むのがよいかと。

施設データ

地図
住所:京都府京都市東山区梅宮町
明智光秀首塚

周辺の史跡を探す
主な施設
明智光秀の塚
利用時間
常時
定休日
無休
料金
無料
交通
【電車】
・地下鉄「東山」駅から約0.2Km
・京阪電車「三条」駅から約0.8Km
・阪急電車「河原町」駅から約1.3Km

【バス】
・市バス「青蓮院前」「神宮道」「東山三条」バス停
・京阪バス「神宮道」「東山三条」バス停
・京都バス「東山三条」バス停

【マイカー】
・名神高速「京都東IC」から約6Km

コメント

スポンサーリンク
スポンサーリンク
タイトルとURLをコピーしました