群馬県高崎市にあった平安時代より続く城。江戸時代の高崎藩藩庁。
徳川四天王のひとり井伊直政の城として知られる。
歴史・概略
- 平安時代末期、和田義信により築城されたと伝わる
- 天正18年(1590年)、豊臣秀吉が行った「小田原攻め」において前田利家・上杉景勝ら北方軍に攻め落とされ廃城
- 慶長2年(1597年)、井伊直政により和田城跡地に築城開始
- 慶長3年(1598年)、直政が箕輪城から居城を移し「高崎」と名付けた
- 慶長5年(1600年)、「関ケ原の戦い」の功により直政が佐和山へ移封
- 寛永10年(1634年)、行状の悪さから高崎城に蟄居させられていた徳川家光の弟・徳川忠長が幕府の命により自刃
- 築城:平安時代末期
- 廃城:明治4年(1871年)
- 築城主:和田義信か
- 構造:梯郭連郭複合式・平城
- 主な城主:井伊直政・松平康長など
史跡情報
地図 |
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【場所】 群馬県高崎市高松町 【付近の史跡】
[ 北西・約10km ] 箕輪城跡
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主な施設 |
土塁・水堀・乾櫓・東門(移築) |
利用時間 |
常時 |
定休日 |
無休 |
料金 |
無料 |
交通 |
【電車】 ・JR「高崎」駅から約0.9Km 【マイカー】 ・関越自動車道「高崎玉村スマートIC」から約9Km |